星縫う眸



『佐々山さん』

彼女は兎に角いきなり視界にフェードインしてくる。
煙草を吸っているとき、資料を読んでるとき、特に何もなくてぼんやりとしているとき、どんな時でも彼女は視界に入ってくる

しかも、下から。

「うおっ!?」
『あ、すいません。ビックリしました?』
「そりゃするよ、ホントいつもいきなりなんだから」
『あはは..』
「んで、何の用?」
『! 書類確認してほしくて』

そう言いながら満面の笑みを浮かべて此方に差し出される書類を受け取りながら佐々山は名奈を盗み見る。

不思議な少女だと思う。初めて会ったときは得体の知れなさに気味の悪さを抱いた。暫くの間は懐疑心が取れなかった。
そんなことで何度か狡噛には叱られたりしたが、当の本人は常に何て事ないような態度を一貫していた。
そうしていつしか一係にも、俺の中にも馴染みこんでいた。

「!」

そこまで考えて佐々山はとあることに気付く。

(そういや名奈ちゃんて他の奴には下から覗きこんだりしないよな)

名奈の謎の行動に首を傾げながら彼女を見つめていると、その視線に気が付いたのか静かに瞠目した後薄っすらと笑う。

『書類確認終わりましたか?』
「あ、ワリッ。もうちょい待って」

思考に気をとられ過ぎて本来すべき事を忘れていた佐々山わ慌てて視線を書類に戻すそれでも一度疑問に思うと考えはどうしてもそちら側に偏るもので..。
視線は書類の上に落としたまま佐々山は名奈に気掛かりだった事を問いかける。

「ねぇ名奈ちゃんさぁ、どうして俺に話しかける時だけ下から覗き込むの?」
『え、あ..もしかしてやっぱり気分悪くなるものでしたか?』
「いや...そういう訳じゃないんだけど、何で俺だけなのかな...なんて」

途端声のトーンが戸惑い気味になる名奈に佐々山は若干焦る。
こういう時に限ってフロアには誰も居ない彼女と二人きりというのが今でも苦手とは言わないが、未成年ということで嘗められないよう出来る限り大人びた言動を心掛けているのであろう名奈が、ふとした瞬間に見せる年相応のあどけない表情は佐々山がこの世の何よりも愛おしく思う存在と似通っていて苦い気持ちになる。

どうしたものかと名奈から目を逸らしながら考え込む。
すると名奈は戸惑いの表情を緩めると変わりに苦笑いを浮かべる。

『あの...大した理由じゃないんですよ』
「ん、それでも教えてくれると助かる」
『佐々山さんっていつも下を向いてるから..』
「は...?」
『考え事してる時も、煙草吸ってる時も、いつだって佐々山さんは下を向いてます。そんな時の佐々山さんとても辛そうな顔してるから』
「......」
『それで、つい..』
「...俺ってそんなに顔に出てる?」
『私の見てる限りでは』

今度は名奈が気まずげに視線を逸らす。
一方の佐々山は彼女の観察力の高さに唖然とするしかなかった。
ぼんやりと過去に耽ることが無いわけではなかったがそんな時は決まって一人だった筈だし、知り合いが居たならばそれを顔に出すことはしないよう努めていた。
それなのにこうして話し掛けられる度に自分の心の深淵の片隅を見抜かれていた。
全くのお笑い草だ、そう思いながら手に持っている書類で顔を隠す。
そんな佐々山を横目で確認した名奈は少し迷いながらも書類を持つ手に手を伸ばすそっと掴まれた手に佐々山が顔を上げれば名奈は口元を緩める。

『あの、私が佐々山さんを下から覗き込むのには実はもう一つ理由があって..』
「......?」
『上を向いて欲しいんです』
「は...?」

余りにも直球過ぎる言葉に佐々山は先とは違う意味で唖然とする。

『勿論物理的な意味でですよ、まぁ少なからず精神的な意味も含むんですけど』
「はぁ...」
『上を向くって行為には"探求"ていう意があって、下を向くっていう行為には"思案"っていう意があるんです。
どうせ迷うならその一点で立ち止まるより、いろんな所を探し回った方が良いじゃないですか』

名奈のその言葉に佐々山ははっとする。彼女の言ってる事はまさしく今の自分の状態のことで。
過去の後悔が柵となって自分の足にくっついているのをいいことに一歩も前に進もうとしない自分を指摘されているようだった。

『それに上を見上げると空とか綺麗なもの一杯あるじゃないですか』
「そうだな..」
『私はいつだって佐々山さんの世界が明るくあるよう願ってます』

ふと向けられた名奈の瞳はこの上なく澄んでいて彼女の言ってることが偽りではないことが伺えた。

「まぁこんな所で執行官なんてやってるから空を見上げる機会も減っちまってるがな」
『..それ言われたらお仕舞いです』

そう言ってほんの少しむくれる顔に佐々山は思わず吹き出す。

「くっ....ほれ、書類確認終ー了」
『何で笑ってるんですか..』

文句を言いながら名奈は書類を受けとるとそのまま踵を返す。

『書類、提出してきます』と部屋をあとにする名奈の後ろ姿を見ながら佐々山はあることを思い付く。
そうして両手で小さな手カメラを作るとそれを名奈へと向ける。

「名奈ちゃん」
『はい?』
「ありがとな」

顔へと焦点を合わせる。

『はい!』


小さなレンズから覗くその笑顔は眩しいくらいに輝いていた。







星縫う眸
(哀しいもの全部、優しい閃きに変えて)


[ 6/6 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -