弱虫ペダル | ナノ


  レモンティーの酸味を僕に


「あ、どもっス」
『こんにちは、なんかこうやって話すの久し振りだね黒田くん』

自販機の前で突っ立っていた黒田の背中を軽く叩く。
どうやらぼんやりしてたようでなんとも気の抜けた返事を返された。
だが声を掛けたのは良かったがたいして用があったわけでもなく、気まずくなり隣に並んで黙って自販機を眺めてしまう。
のりで話しかけてしまった数秒前の自分が憎らしい。

「あの...」
『はい、なんでしょう!?』

思わず大きな声をあげてしまうと逆に驚かれる。
凄く恥ずかしくて口元を押さえる。
なんで敬語なんすかと呆れ声で言われて、こんなんじゃ先輩の威厳ゼロじゃないかとへこんだ。
大して気にしてない黒田は何を買うのか決まったのか紅茶のストレートのボタンを押していた。
一緒なんだと思えば彼はそれをそのまま目の前に差し出してくる。

『えっと...』
「どうぞ」
『いや、これ黒田くんのでしょ。貰えないよ』
「オレは水買うつもりなんで」
『じゃあ、なんで?』
「たまに新開さんに買ってもらってるじゃないですか」

突然出てきた新開の名に断りの手が一瞬止まる。
その隙を見られて手を掴まれればたちまち紅茶を握らされた。お金いりませんからとついでに念押しまでされて。
それは良かった、後輩の厚意は嬉しい、嬉しいのだがまさかそのやり取りを見られてたのかと思うと恥ずかしかった。

「今関さんと新開さんって仲良いですよね、付き合っても上手くいきそう」
『......』
「今関さん?」
『それさ隼人の前では言わないでね』
「...オレなんか不味いこと言いました?」

途端にさっきより増した気まずさに空気が重くなる。恐る恐る問うてくる黒田を見れば悪気なんて無かったことは分かるし何より、黒田は自転車競技部2年の間での暗黙のルールを知らないのだから致し方ない。
少しきつい言い方をしてしまった。
夏樹は小さく息を2、3回吐き出してごめんねと黒田に謝る。

『一応ね、私と隼人の前で直接的なそういう発言は避けてくれると助かるんだ』
「もしかして」
『ご察しの通りなんだけど』

苦笑いを溢せばすぐにスンマセンと謝られる。
黒田が部内でもそういう方面には疎くないのは見ていて感じた。
自分をちゃんと理解出来てるし、最近では初めに比べ周りにも目が配れるようになっている気がする。
ここまで悟られたならいっそ話してしまった方がよい気がしてきて夏樹は少し草の生えた自販機から少し離れた日陰に座る。
隣に座るよう地面を軽く叩けば黒田も失礼しますと言って隣に座る。

『紅茶奢ってくれた代わりといっちゃなんだけど』
「そんな名目でいいんすか」
『いいよ、そうでもないと大したことないのに重い話し方になりそうだから』

ほんのり甘い紅茶で喉を潤す。
昼休みもそこまで残りがあるわけではない、話が長くなりすぎないよう気を付けなければと思った。






(あまあまだったあの頃)
(思い出せば苦いことだらけ)

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