弱虫ペダル | ナノ


  いつかきっと晴れます


結局あの後軽く30分は東堂の胸で泣きじゃくっていた。
目を腫らして部室に入ると皆にぎょっとされてその日は部活に出るのを禁止された。
東堂が叱られる心配があったがそこは主将が察してくれたらしくあれ以上の多大な迷惑を掛けずにすんだ。彼は気にするなと言ってくれたがそれも難しく後日謝りに行けば額にデコピンをいただいた、ちなみにさっちゃんからも確りとだ。

「オレ、辞退してもいいですか?」

そうして今、目の前でインターハイ出場を断る新開に夏樹やはりという諦念を抱いていた。
結局彼が元の調子に戻ることはなく日に日に自転車から離れていく姿に耐えきれなくて目を逸らすばかりだった。
動揺もそのままに部活が終わって各々自主練に励んでいたが先のことがあまりに衝撃的だったのか皆気がそぞろのように感じた。

「まさかここまでするとは思わなかったぞ」
『東堂くん...』
「オレはてっきり隼人は夏樹の説得を少し聞き入れてるものだと」
『...そんなこと無かったよ』

本当に大した効果は得られなくて無駄に新開を傷つける結果にしかならなかったのだろうか、本人が答えてくれないことには確かめようが無い。
ただ確かなのは自分が彼を避けているの同様に向こうもそれとなく此方を避けているということだけ。
改めてそう実感するとため息をつかずにはいられなかった。

『どうしてこう上手くいかないんだろう』
「夏樹...」
『本当に隼人が自転車辞めちゃったら、わたし』

また東堂を困らせているな、なんて感じながらサドルに顔を突っ伏す。
熱くなる目頭を放置したままの顔を見られるのはとてもじゃないけど堪えられない。

「オイ」

ペチりと小気味良い音で頭を叩かれる。
思わず引っ込んだ涙の跡を拭って顔を上げれば不機嫌な顔をした荒北。
しかも度合いが酷いのか顔だけではなく身体中から不機嫌ですっていうオーラが飛ばされていて近くにいた東堂すら少し距離をとっていた。
また余計な心配をかけてしまったなんて考えてたら自然に顔が下がっていって。でも荒北がそんなの許すわけもなく、力強く顎を掴まれてかなりの至近距離で荒北と向き合わされた。

「なにシオシオしちゃってんの?」
『ぅっ...』
「ていうか知らなかったぜ、夏樹チャンにそんな余裕があるなんて!?」
『...ないよ、余裕なんて』
「じゃあ他人の心配して練習疎かにしてる暇なんてないんじゃナァイ」

女子に乱暴は止せと言っている東堂の声が聞こえたが一向に手から力が抜けることはない。
福富が野生だと言っていたのがよく分かる。
完璧に全て見抜かれていた。ようやっと2年目も部に居られる資格を得た直後にやる気のない態度をみせる訳にもいかず、それでも頭は新開のことばかり考えていて。
この間のことがあってからはずっとそれとなく練習をこなしているだけだった。

「話聞いてりゃわたしがいけないだなんだ、自意識過剰チャンか」
『......』
「別に直接アイツが変になった理由に関わってるわけじゃないんだろ」
『うん』
「じゃあイイじゃねぇか。だいたい福チャンが行ったんだし、余計な心配する必要ないから」

そう言われて辺りを見回すと確かに福富の姿が見当たらなかった。
彼もやっぱり仲間が大切なんだと思うと同時に理由の分からない安心感が少しだけ沸いた。
我らが福富はかなり逞しくて、あの鉄仮面から想像できないくらい熱い人だ。彼ならもしかしたら新開を説得出来てるかもしれない。
そう思えば引っ込んだ涙がまた込み上げてきて顔を濡らした。
思わず顔を覆えば逆に驚いた荒北がおろおろしはじめて、泣くなよとかオレがワリィのかよとかぶつぶつと言っているのが聞こえた。

「そうだぞ夏樹、今回は荒北の言ってることが正しいぞ」
「今回はって、テメェ喧嘩売ってんのか?」
「そ、そうではなくてだな」

言い争いを始める東堂と荒北に部室に漂っていた妙な緊張が解されていく。
そう、何も自分だけではなかった。
もっと頼もしい仲間達は新開を支えることをきっと厭わない。
なんだか無償に嬉しくなったのに涙は止まらなかった。






(にしても荒北、あの慰め方はないぞ)
(ウッセ!他の男のことでウジウジしてんのみて何かムカついたんだヨ)


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