弱虫ペダル | ナノ


  side. Aの


他人の3倍練習をしろと言う福ちゃんの言葉通り今日もまた最後まで残ってメニューをこなした。
そうすればオレを疎んで邪魔だと思う連中を見返せるし何よりオレにはこれしかないのだと証明出来る。
頭から伝ってくる大量の汗をタオルで拭いながら部室へと足を向ける。
ふとタオルの隙間から見えた明かりに顔をあげると部室の灯りがまだ点っていた。

「ったく、ルールくらい守れよな」

誰もいないしなおのこと電気消し忘れるとかありえない。
一通り見回してスイッチの所に近付いてやっと気づいた。

「おまっ...ホント懲りねぇな」

自分でも気付かないうちに声のボリュームを落として並べてあるパイプ椅子の上ですやすやと寝ている奴を見下ろす。
そこには自転車競技部唯一の紅一点、今関夏樹が居た。
無防備に寝こけている姿は自分からすれば最早常習犯の域に達している。
唯一の救いといえばこの癖を知ってるのが極僅かの親い人間だけってことだ。

「つーかまた無茶でもしてんのか」

捲れたジャージの裾からのぞく包帯に思わず眉を寄せる。
変なとこで不器用で鈍感なのだ、こと自転車が関わると加減の取り方が下手くそになる。
1年前自分が遅れて入部した時もそうだった。
初めはマネージャーなのにサボってるのかと印象は最悪だったがそれは違った。
夏樹チャンがこうして人目も憚らず寝ている時は大概無茶をしているときだ。
どこか切迫詰まったような表情で遅くまで自転車に乗って練習が終わればそのまま部室で倒れていた。
その時の表情だって決して柔らかくなくて、眉間に皺をよせながら寝苦しそうにしてた。
そんとき、オレは自分に余裕がなかったから他人の心配してる暇はなかったから詳しいことは知らない。
だけどいつの間にかケロッとした顔をして自信たっぷりに走っているのを見て柄にもなく少しホッとしたのを覚えてる。

「気持ち良さそうな顔して寝やがって...」
『んー...』
「ハッ、マヌケな声」

穏やかな表情をやんわり指でつつけば気の抜けた声が返ってきて思わず笑っちまう。
特例レースやらにも勝ったらしいし最近の調子を見てればそこまで辛そうな様子もなかったし去年に比べたらマシな方なのだろう。
いい加減学ぶべきだとは思うが。

『ん、ぁれ...荒北くん?』
「んぁ、起きたの夏樹チャン」
『私、また寝てたのかな』
「そーだよ、ったく灯りつけっぱにしやがって。オラ、帰るからさっさと支度しろよ」

意識が戻ったならオレがここで見ている必要もなくなったし取り敢えず汗だくな服から兎に角着替えたかった。
更衣室へ向かおうと歩き出す、筈だったが服の裾を引っ張られてそれはかなわなかった。

「おい...」
『ん...』
「離してくんナァイ、着替えにいけないんだけど」
『もぅ、ちょっとだけ...』

終いには裾を握り締められて身動きが取れなくなった。滅多に近付かない距離に変に緊張して叩き起こそうとした手はほどけた髪へと伸びた。
相変わらず長ぇなとか触り心地いいなとかアホみたいなこと考えてたのがいけなかった。
だから全く廊下から近付いてくる足音に気付けなかった。

「ん、おめさん何してんだ?」
「しっ...新開!」
「おぉいたいた、探してたんだよ夏樹」
「あ、夏樹チャン?」
「ていうか夏樹寝てないか」
「なっ!寝てんじゃねぇヨ、オイ起きろ」

また寝ている夏樹チャンの肩を掴んで大きく揺する。
優しくしてやれなんて声が聞こえたけどそれどころじゃなかった。
あんなことをしてるのを見られたのが恥過ぎて早いところ部室を立ち去りたかった。
漸く裾を離した夏樹チャンを新開に預けて部室の扉へと向かう。
ふと「靖友」と呼び止められて後ろを向く。

「おめさん、抜け駆けはいけないぜ」

そう言いながら夏樹チャンの肩を抱いてる新開に何故か分からないがムカついて扉を思い切り閉めてやった。
顔も頭も暑かったからヤツの言葉の意味を考えるのは暫くやらなかった。






(靖友もだったかぁ)
(なんというかオレもうかうかしてられないな)

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