塞ぎ忘れた穴に落ちる
新開隼人
スプリンター
同年代の子達から頭一つ以上は飛び抜けているだろう速さとセンスを持っている。
後ろから追われる時のプレッシャーは正に箱根の直線鬼の名に恥じないもので恐ろしくはあるが一直線に相手にくらいつく姿は懸命でどんな走りよりも目を惹かれる。
そんな誰よりも輝いていて真っ直ぐに進んでいく彼の姿が私は心の底から好きだ。
* * *
「あんた達ってさ何時になったら付き合うの?」
『なんのこと?』
思わずくわえていたストローを離して立ち止まればさっちゃんもこれまた不思議そうな顔をして足を泊める。
「新開とあんたのこと、凄く仲いいじゃない」
『突然だね、ていうか隼人今付き合ってる子いるし』
「え、なにそれ!私聞いてないよ、中学からのよしみなのに」
『私も直接は聞いてないよ、偶々見かけただけだから』
「それ新開のやつ絶対知られたくなかったやつだよ」
『かもしれないね』
「ていうか本当にヨリ戻せばいいのに。外から見れば最高にお似合いだったよ」
ぶつぶつと呟きながら前を歩くさっちゃんの言葉に思わず苦笑いが溢れる。
確かに新開をそういう風に見ていた頃もあったが今では過去の話だし何より自分には彼の隣にそういった立場で立つ資格はない。
「ねぇ、本当に考えないんですか夏樹さん?」
『私の身勝手な理由で別れたんだよ、そんなの烏滸がましいこと...』
「......あぁ、あんたって融通が効かないとでもいうのかな、頑固よね。勿論それを受け入れちゃう新開もだけど」
納得のいかなそうな目でジトリと見上げられて思わずたじろぐと、何が面白いのか口許を小さく緩めて頭を撫でられる。
物言いたげな雰囲気が感じられなくもなかったが部活行くわといって肩にバックを背負った彼女はとうに踵を返していて声を掛ける気は起きなかった。
「あんた達2人とも小難しく考えぎなのよ、それじゃ本末転倒だと思うよ」
振り向き様そう言って今度こそ去っていったさっちゃんの背中を見つめながら頭に触れる。
撫でられたところだけが少し冷たい。
ふと東堂が「オレの彼女は水のような女性だからな!」とよく分からないことを自慢気に話していたのを思い出す。
その時は何を言ってるのかあまりわからなかったが今回のことで少し分かった気がした。
さっちゃんなりの気遣いにほっこりとする心をそのままに部室へと向かう。
擦れ違う先輩や後輩に挨拶をしながら歩いてるとよく見知った顔が視界の端を横切ったのに思わず立ち止まって振り返る。
『隼人、部活もう始まるよ』
そう声を掛ければ「バレたか」なんて気の抜けた笑みを浮かべる。
いつもなら大して気になることでもなかったがやっぱり変に思えた。
ここ数日まともに部活に出てないのを鑑みるとなおのこと。
『何かあったの?』
そう問えば新開は顔を逸らして明後日の方向を見始める。表情は窺えず微妙な空気だけが流れる。
周りは動いてるのにまるで自分と新開だけが止まってるみたいで奇妙な感覚だった。
思わず手を伸ばして彼に触れようとすると逆にその手を掴まれた。
「夏樹、ちょっとだけオレの話聞いてくれないか」
そう不安気でぎこちない雰囲気に咄嗟に口をついて出そうになった制止の言葉が飲み込んだ。
どうしたって今の彼を見離してはいけない気がした。
そうしてされるがまま校舎裏の飼育小屋の前まで連れてこられる。
ふと見下ろせば見覚えのない段ボールに入ったうさぎが不思議そうな顔をして此方を見上げていた。
大きさからして子うさぎなのはすぐに分かったが大体このうさぎはいつの間に飼われていたのか、そして新開が何故自分をここに連れてきたか。
いろんなことが頭の中をぐるぐるとまわっていたが次に彼が溢した言葉でそんなものは一瞬にして頭の何処かへと追いやられてしまった。
「オレ...もしかしたら自転車辞めるかもしれない」
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