弱虫ペダル | ナノ


  空っぽの快感


結果としてレースに勝った。
コンマ何秒の差だろうがギリギリのところで先にゴールに突っ込んだ感覚があった。
周りからも「よくやった」とか「スゲーなお前」とか聞こえてくるから多分間違えていないだろう。

「平気か夏樹」
『あぁ...はぁ、は...寿一』
「気分はどうだ?」
『興奮しすぎて、あ、たま中...纏まらないです』

膝をついて上から覗きこんでくる福富に苦笑いを返せば「そうか」と言ってグローブを外してくれる。
速まっていた呼吸が徐々に落ち着いて体の中に充分に酸素が回ってきてぼんやりとしていた感覚が消えていく。
ふと上に広がっている青色に思わずため息をついた。
今日はまだ1度もこの景色を仰いでいなかった。

『天気いいね』
「...そうだな」
『気付かないとかよっぽど余裕なかったんだね、わたし』
「それほど集中していたということだ、お前らしい」

こんなときでも相変わらずの鉄仮面っぷりは健在である。
無表情で褒められてもなかなか手放しに喜べるものではないが幼馴染みであり最大の敵でもある彼の賛辞なら夏樹は何よりも嬉しく感じてしまう。
少しだけ震える腕に力を籠めて拳を福富の方へと伸ばせば彼も察したのかゆっくりと合わせてくれた。

「お取り込み中悪いんだが」
『しゅ、主将!』

新たに視界に入り込んできたその姿に緩んでいた顔を引き締め慌てて起き上がる。
「無理をするな」と言われたが主将相手にそうもいってられない。
結果がどうなったとかとは違う意味で心臓の鼓動が速くなる。

「まぁ結論から言えば合格だな、これからもお前が選手として練習に参加するのを認める」
『あ、ありがとうございます』
「ただ幾つか気になったんたがお前本当にオールラウンダーでやってくつもりなのか?」
『はい、そのつもりです』
「あんな走り出来るならクライマーの方が向いてるとオレは思うんだが」
『いいんです、クライマーはもう辞めましたから』

そうはっきりと宣言すると主将は真剣な瞳で見詰めてくる。
その瞳から視線を逸らさずにいること数秒、主将は大きなため息をついた。

「いやーお前見かけによらず頑固だな」
『え、そうですかね』
「少しは自覚しろよ。まぁいいあとは福富、お前はどう思う」
「オレですか?」
「お前ら幼馴染みなんだろ、こいつの走りに関してはお前の方が分かるだろうからな。本当に今関がそれでいいかお前の意見を聞きたい」

何だかその声には信頼の色がみえて。
福富もそれを感じたのか暫し考え込んだあと「問題ないと思います」と言ってくれた。

「夏樹ならやり遂げるかと」
「...今関、お前ちゃんとクールタウンしとけよ」
『あ、はい』
「福富、お前も手伝ってやれ」
「はい」
「あと今関は明日からオレらと外回りの練習行くぞ、福富にコース確認しとけ」

そう言って軽く頭を撫でて去っていく主将に思わず唖然としてしまう。
滅多に褒めることのない人からの賛辞にどうにも胸が擽られてそわそわしながら福富を見つめれば彼も小さく頷いてくれた。
それのおかけ現実味が沸いてきた途端に緩む頬はどうしようもなかった。

「フクー、夏樹ー」
「なんか倒れてるけどォ」
「生きてるか夏樹」

振り返れば心配そうな顔をして駆け寄ってくる3人が目に入った。
練習を途中で抜けてきたのか汗だくな上に息があがっていて思わずこちらが大丈夫かと聞きたくなってしまう。

「そ、それで結果はどうだったのだ?」
『おかげさまで何とかなったよ』
「...本当か、本当なんだな!」
『と、東堂くん、止めて気持ち悪くなる』

がっしりと肩を掴んで大きく揺すられてぐるぐるする意識の端で「何だかんだで尽八が一番心配してたからな」なんて声が聞こえた。
練習を手伝ってもらったうえに心配かけてしまっては世話がないななんて苦笑いがこぼれる。

『練習しなきゃなぁ』

もっともっと強くなりたいと思う、この全てを出しきって走る感覚を忘れないように。






(オイッ、夏樹チャン気ぃ失ってんぞ)
(ナニッ!?すまん、夏樹起きてくれー)

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