弱虫ペダル | ナノ


  side. Fの確信


箱根学園自転車競技部の練習はハードだ。
先輩達が積み上げてきた王者としての伝統に恥じぬよう皆が精一杯の努力をする。
故にその練習量は生半可なものではない、それについていけず辞めるものや周りの実力に圧倒されて自信を失ってしまうものは多数いた。
そんな重圧は等しくふりかかる、猛者の中に入ると決断したものにはそれこそ男女の差など関係ない。
それは自分の幼馴染みにも同じだった。

「夏樹」
『寿一、お疲れさま』

服がうっすらと肌にくっつく程の汗をタオルで拭っている夏樹を見て改めて彼女の根強さを感じた。
この1年間女子ながら男子と同じ練習をこなすのは並みの精神力では不可能に思えた。
それでもやってのける負けず嫌いなところは幼い頃から変わってない。

「そろそろ"あれ"の時期だな」
『本当だよ、早すぎて嫌になっちゃう』

そう言って夏樹は小さく溜め息をつくが何となく嘘だと感じた。
長年付き合ってきた勘というのかそういうのは他人より鋭いつもりだ。
だから僅かに本当に僅かにつり上がった口元も見間違いではない。
"あれ"とは夏樹のみが行う特例のレース。
年度始めにキャプテンの決めた相手と走る、男のレーサーと戦える数少ない機会なのだ、感情が昂るのは自然なことだ。
ソワソワしすぎて下手なミスを犯さなければいいとは思うが。

「お前は自転車のことになると時々無茶になるから少し心配だ」
『そんなの皆一緒でしょ』
「お前の無茶は他人の比じゃない」
『そうかな』
「負ければ退部すると宣言する奴の何処が無茶ではないんだ」
『まだ言いますか、それ』

そう、入部するときに取り決めた特例レースは夏樹自身が持ち出したのだった。
余りにもハイリスクな提案に当初の俺も焦った、何もそこまで言う必要はないのではと。
そんなオレに向かって夏樹ははっきりと言った。

『"もっと速くなるチャンスを貰えるなら自転車賭けるくらいどうってことないよ"』
「!」
『覚えてるよね』

あの時自転車にかける想いだけは誰も夏樹に敵わないのではと感じた。
そしてそれは今でさえ変わらない、寧ろ改めて思いしらされた気分だった。
強く真っ直ぐとした目でオレを射抜いてくる夏樹に自分の心配は要らなかったようだ。
只全幅の信頼を持って彼女が勝利を告げてくるのを待っていればいい、オレに出来ることはそれくらいだろう。
何より夏樹はいつだってオレにそうしてくれていた、ならオレも同じようにすべきだと思った。

「夏樹」
『なに、寿一』
「勝て! お前ならやれる筈だ」
『勿論そのつもりだよ』

合わせた拳は思ったよりずっと力強かった。






(こうやってやるのもしかして初めてかもね)
(ならレースが終わったらまたやろう)




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