弱虫ペダル | ナノ


  透明なライン


「オレはアンタみたいなヤツが一番キライだ」

外での練習を終えて部室へと戻ってくると何やら中が騒がしかった。
こっそりと扉を開けて覗き込めば荒北と誰かが言い争っている。
随分と珍しい光景に思わず夏樹は固まってしまう。
荒北は見た目と口調から大半の人には恐れられる。
彼の本質的な所を少しでも見れば恐れる必要もないのだが如何せん彼自身がそれを拒む故に彼の理解者は少ないと思う。
そんな強面な先輩に向かって大声を張れる位なのだ、余程癪に触ることを言われたのだろうなと思う。

「見せてやるよ。自転車しかねェ、オレの走りを」

そう啖呵をきる荒北の気迫にに1年の彼は圧されているようだった。




* * *




ぶらぶらと行く宛もなく足を進めているとふと体育館の方からボールを突く音が聞こえてなんだか気になった夏樹はそちらへと向かう方向を変える。
扉の脇に立って中を見やれば件の男子が静かにボールを突いていた。
そのままボールを手に収めると少し膝を曲げながらシュートの態勢に入る。
彼の手から離れたボールは綺麗な弧をかいてゴールへと収まって思わず感嘆の声が溢れた。

『凄いね、きみ』
「...っ!今関さん」
『私の名前知ってるんだね黒田くん』
「そっちこそ知ってるじゃないすか」
『私はあの後泉田くんに聞いたから』

あの後、そう言うと黒田は苦虫を噛み潰したようにして顔を逸らす。

『負けたんだって?』
「...アンタもあの人みたいなこと言うんすか」
『あの人って誰の話かな?』
「荒北さんすよ」

態と惚けてみれば何を分かりきったことをといった声で返された。
彼は彼なりにこの前のことを気にしているらしかった。

『私は別に。普通に凄いことだと思うし憧れるよ、なんでも上手に出来るって』
「え...」
『でも憧れるってだけでそうなりたいとは思わないかな、私は自転車と勉強が出来てればいいかなって思っちゃうから』
「それだけしかないってやつですか」

分からないと言って複雑な顔をする黒田を夏樹は仕方ないと思った。
荒北と黒田では1つのスポーツへ対する執着度が違うのだ。
本気で純粋に速くなりたいとそれしかないと努力している彼にとって黒田の数ある中の1つという捉え方が癪に触ったのだ。
それでも声を掛けて幾度か勝負までしたところを鑑みれば他にも何か感じることがあったのだろうなと思う。
あれでいて荒北は意外と面倒見が良いのだから。
ただそれが全て正しく伝わることは稀で今回もあからさまに拗れてしまって気がしなくもない、現に目の前で顔をしかめている黒田が良い例のように思える。
これは少し手助けが必要だろう。

『きっと黒田君にも一番好きなスポーツが出来た時にわかるよ、自転車に限らずね。だから取り敢えず今は荒北君に勝つことを考えなさい、中途半端に投げ出すなんて癪でしょ』
「それはそうっすけど」
『決まりね、荒北君や私の言いたい事はそれから考えるのでも間に合うから』

はぁ、と曖昧な返事を返した黒田は後日荒北のもとへと出向いて強くなる為の教えを乞うていた。
それ事態はばっさりと切り捨てられていたが荒北から僅かながら彼を認める言葉も溢れていた。
何せその横顔もどこか笑みが滲んでいて一緒に見ていた新開は何事かと驚いていた。

「今関さん」
『あ、黒田君。どうしたの?』
「一応相談にのってもらったんで今関にも話しておこうと思って」
『考えは纏まったんだね』
「はい」

この間とは違い力強く返事をする黒田を見て彼の宣言に嘘はないのだなと実感する。
まっすぐなその目は純粋そのものだった。

「今関さんが言ってた...」
『ん、なんのこと?』
「一番好きなスポーツが出来ればってヤツっす」
『あぁ、うん言ったね』
「それ自転車になればいいなって少しだけ思い始めてます」

それじゃあと言って去っていく黒田を夏樹は思わず茫然と見つめてしまった。
なんだか不意討ちでもくらったみたいだ。
横で不思議な顔をしていた筈の新開が「良かったな」と言いながら頭を撫でるのを放置してしまうくらいの衝撃だった。






(彼はきっと自転車を好きになる)
(あんなにも真っ直ぐな目を出来る後輩を持った荒北が不覚にも羨ましく思えた)

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