あらしの前の霞景色(5/5)



「何があったんや?」

草薙は包帯を巻く手を止めずに目の前にいる四人に問いかける。
比較的傷の浅かった赤城と出羽は掠り傷打撲程度で済んでいたが、残りの二人はかなり派手にやられていた。
千歳は頭から血を流していたし、坂東に限っては冷やす為に当てている腕の下が酷く腫れている。恐らく骨までいっているだろう。

「お前らがここまでやられるなんてそうそう無いことやろ。誰にやられたんや?」
「「「「......」」」」
「話してくれへんと先に進まんけど」

呆れ気味にそう言う草薙に四人は小さく肩を竦める。
怪我をさせられたとはいえ、喧嘩に負けたのは事実。
鎮目町の裏社会で名を轟かせている吠舞羅のメンバーとしての不甲斐なさが口を開くことを憚らせる。
ましてこの場には周防も居るのだ。
憧れの王の前でそんなことを話せない、そんな思いもあるのだろう。
しかし仲間がここまでやられて黙っていられる程吠舞羅の絆は弛くはない。

「おい」
「「「「!!」」」」
「誰にやられた?全部話せ」

いつもの周防の声に剣呑な色が加わる。
普段怠惰な王様もここまでされて流石に黙ってはいられないのだろう。
ソファーから身を少し起こして話を聞く態勢をとる周防に四人は互いに目を配らせるそして四人の代表として赤城が口を開いた



* * *




『あの..』

その声に振り返った四人はそこに居た人物の容姿に驚きを隠せなかった。
黒いパーカーに包まれた折れそうな痩躯、右手には到底不釣り合いな鉄の棒。
そして極めつけは顔を覆う奇妙な狐の面。それでも先程自分達に掛けられたおそらくだろう女の声には聞き覚えがあって。
しかし目の前の奇天列な存在が思考を戸惑わせ声の主を特定させてくれない。

女は鉄棒を大きく振り上げるとまずはその矛先を千歳に向ける。
頭上から降り下ろされるそれを千歳は反射的に避ける、がしかし女はその行動を先読みしたかのように鉄棒を手際よく回転させ千歳の喉目掛けて突く。

大した威力でなくても当たり処次第でダメージには天と地ほどの差がある。
噎せ返りながら踞る千歳に女は再度鉄棒を振り上げると、次は後頭部を打つ。
そうして意識を失った千歳を暫く眺めると女は鉄棒をきつく握りしめる。

血管が浮き出るくらい、その手から血の気が引いて白くなってしまうくらい..。
何かを耐えるかのように震える拳、それが彼らが意識を失う前に見たものだった。




* * *




彼らが怪我をしてしまった経緯を話終えた店内は厭に静かだった。
ほんの少しだが話始める前より張り詰めている空気に四人はどうにも口を開けないでいた。
すると草薙が小さく溜め息を吐いた。

「じゃあなんや、お前ら四人ともその女一人にやられたっちゅうことか?」

たった一人相手にここまで四人がボロボロにされたことは草薙にとって俄に信じられる話ではなかった、相手が女であるのなら尚更。
しかも話から察するに女は四人よりも格段に闘い方が上手いのだろう。

「いや、ここまで怪我が酷くなっちまったのは女一人のせいではなくて...」
「?」
「多分女がしたのは俺らを気絶させただけなんす、起きた時には体に傷はついてなかったんで」
「ほな、その傷は誰がやったん?」
「これは俺らが目を覚ました後にやってきた雑魚にやられて...そいつら自体は対して強くなかったんですけど如何せん数だけ多くて。ちょっと対応しきれなかったんです」

そう言って赤城は気まずげに下げていた視線を上げてしっかりと草薙を見据える。
その視線にどうやら隠してることはもうないのだと判断した草薙は張り詰めさせていた空気を和らげる。

「ほうか、なら取り敢えずその傷が女にやられたんじゃないあーんど本気でやりあって負けた訳じゃないということでキツクわ叱らんでおく」
「あ、はい...」
「せやけどどんな状況であれ負けたいうことは肝に刻んどけぇよ、吠舞羅の名に傷をつけかねないことやったちゅうこともな」

頭ごなしではなく肩に掛かるような言葉に四人は改めて事の重大さを思い知る。

吠舞羅の一員であるということは名誉でもあるがそこには責任もついてくる。
吠舞羅を、周防尊の名を貶めてはいけないという責任が。

「「「「はい!」」」」

しかし彼らはそれを苦になど思わない、寧ろその責任を背負えることを含めて誇りなのだから。

四人が力強く返事をしたところで扉の鈴が店の中に鳴り響いた。
そこには店を出ようとする周防の姿が。

「どこ行くん尊?」
「...緋那呼んでくる、テメェの手当てだけじゃ心許ねぇだろ」
「なんか失礼な言葉が聞こえたけど聞き流すわ。でもえぇんか緋那ちゃん巻き込んで」
「巻き込まねぇよ、ただ手当てしてもらうだけだ。おめぇらそこで大人しくしてろよ」

いつの間にか剣呑な色を収めた周防はいつも通りの気だるげな視線を四人に向けてから店の扉を閉じる。
ポカンとした表情でその後を見つめる四人に草薙は思わず小さく笑う。

「ほれ尊の話聞いたら緋那ちゃん飛んでくるやろうから早いとこ包帯とか取っておき、ちゃんと手当てしてもらうんやから」

そう言う草薙の声に四人にはハッとすると戸惑いながら各々の怪我に手を伸ばす。
そこには周防に気にかけて貰えたとい嬉しさと大将の彼女に手当てなどしてもらっていいのかという躊躇いの感情が織り混ざっていた。

こういうところもやはり若いなと宛ら母親のように見守っていた草薙は大事なことを聞いていなかったことに気付く。

「そういえばその後からきた雑魚ども自分達のことなんも言っとらんかったんか」
「え、あぁ言ってましたよ」

赤城はそんな草薙の問いに至極何でもないふうに答える。
しかしその答えは草薙としてはあまり聞きたくない厄介なものだった、そうして思う。


ーーーーあぁまた暫く頭が痛くなりそうだ


「"俺達の名前は狐火だ"って」






(見えないものが浮かび上がる)
(それでも全貌には程遠く)

 

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