手のひらの温もり(2/5)


「もう来てたんか」
『はい、お邪魔してます』

草薙がBar HOMRAに出勤すると既にそこにはアルバイトの緋那が居た。
毎度彼女がカウンターを掃除してくれることは草薙にとって本当に助かることだった。
只でさえ喧しい連中を手懐けてる彼からすれば落ち着いて掃除をする機会などそうは多くないのだから。

「ホンマ助かるわ」
『いえいえ、雇ってもらってる身としてこれくらい普通ですよ』

朗らかに笑う緋那に草薙もニッコリと微笑む。

自分も何かやることはないかと辺りを見回した草薙はあることに気付く。

「そういや尊とアンナは何処や?」
『二人ともまだ上でお休み中ですよ』
「ハァ....ホンマ呑気なやつらやな」
『きっと疲れてるんですよ』
「疲れるほどのこと何もしとらんけどな」

やれやれといった表情で肩をすぼめる草薙に緋那も苦笑いを浮かべる。

「すまんけど二人起こしてきてくれへんか」
『お安いご用ですよ』

「ホンマここに居るやつに緋那ちゃん以外まともなの居らんのか」などとぼやきながら裏方に向かっていく草薙の背中を一瞥しながら緋那は上への階段を昇る。
吠舞羅の参謀役の気苦労はどうやら絶えそうにないらしかった。



* * *




『尊さん』

緋那は静かに扉をあけて中を覗く。
返答はやはりなくて沈黙だけが返ってくる。
そのままソファーへたも歩を進め、そこに寝転がって寝息をたてる人物を見つめる。

『またこんなところで寝て…』

緋那の視線の先には吠舞羅のキングであり〈赤の王〉として恐れられている周防尊が無防備に寝ていた。最強と謳われる彼でもこんな姿をみせるときもあるのだと考えると緋那の頬は自然と緩む。

『尊さん、起きてください。』

そうして彼の肩に手をかけようとして寸前のところでそれを止める。

周防の体から微かに炎があがっているのだ。
こうなっているときの彼はよろしくない。
何を見ているのか分からないが苦しんでいるのは確かだ。

『尊さん』
「んっ...」
『起きてください尊さん』
「...緋那?」
『はい、私です』

目を覚ました周防がぼんやりとした表情でこちらを見ている。
それと同時に湧き上がっていた炎も消えていく。
緋那はそんな周防にニッコリと笑いかける。

『やっと起きてくれましたね、尊さん』
「........」
『起こすの大変だったんですよ』
「そうか...」

そう言って周防は大きな欠伸を噛み締める。
この分なら暫くしたら勝手に降りてくるだろうと判断した緋那は腰を上げる。

『それじゃあ私はアンナちゃん起こしに行ってくるので適当に下に降りててくださいね』
「……」

黙ったままの周防は依然として動こうとしない。
そんな周防に緋那は再度笑いかけて部屋を出ようとする、がしかし−−−



ボフッ−−−



それは叶わなかった。

突然腕を後ろに引かれてそのまま倒れる。
背後には腕を引いただろう張本人の温もり。
抱きしめる力は強く、やや乱暴に感じられなくもないが、そんな事は彼自身から感じられる暖かさで全て相殺される。

『どうかしましたか、尊さん?』

緋那はいつもこの温かさを狡く感じる。
普段から無愛想で周りと一定の距離を取ろうとする周防。
彼の周りのクランズマンは彼の力によって引き寄せられた者達ばかりだ。
それなのに彼自身がそれを出来る限り近付けまいとする。
それが緋那には酷く狡くて愚かな事に感じられる。

『……』

こんな温かさを持っていれば誰だってそれに触れてみたくなるのは至極当たり前のことだろう。
どうして分からないのだ、そう言ってしまえば何か変わる事があるかもしれない。
それでも今の緋那にはその権利が無かった。
時々感じる吠舞羅の絆の深さは、緋那に入り込めないモノを感じさせる。

(入り込みたいとは言わない、けどせめて…)


『尊さん』
「あ、何だ?」

名を呼ばれると共に緋那の腹部に回していた手をやんわりと取られる。
その手は周防の指一本一本を確かめながらなぞる。
その仕草はまるで大切な何かを壊さぬよう包み込んでいるみたいで。
突然の緋那の行為に周防は若干目を見開く。

「緋那?」
『尊さんは一人じゃないですよ』
「……なんだいきなり」
『尊さんには悲しみを和らげる手段があるんです』
「また本か何かか?」
『はい』

質問に苦笑いを浮かべながら肯定する緋那に周防は嫌そうに眉を顰める。

(コイツ、懲りねェよな)

自分には本の内容など分からないと幾度か体験して解っているであろうに緋那は諦めず、色々なところで引用してくる。
周防にとって彼女の趣味は興味を持つ以前の問題なのだ。

「お前って変なとこ頑固だよな」
『そうですか?あんまり言われたこと無いんですけど』

周防の言葉が納得いかないのか、一人で首を捻りながら不思議そうな顔をする緋那。
そんな彼女を見つめながら周防は先程の言葉を反芻する。


『尊さんは一人じゃないですよ』


(......)

『はえっ!?』

突然握られた手に緋那は奇声をあげる。
目を白黒させながら此方を見つめてくる緋那を無視しながら、周防は先程まで彼女がやっていたように
その手を這わせて相手の手のひらを形どっていく。
小さくてほんの少し冷たい手のひらは、丁度周防の手のひらの中にスッポリ収まる。
指を絡めれば繋がり、彼女の持つ手のひらの温度は自分の手のひらの温度を絶妙にしていく。
それは拒絶する隙を与えないが決して強引に入ってくる訳ではない。
するりと入り込んでくる芸当は吠舞羅最弱の幹部にひけをとらないだろう。

「変な奴」
『何ですか、いきなり』
「いや、なんでもねえ」

周防はそう言って緋那の手を再度握り込む。
そのまま身体をも抱き込めば今度は緋那も抵抗はしてこなかった。

「なあ」
『はい?』
「お前の言う俺の友ってのにお前は入ってるのか?」
『んー...。出来れば入ってないほうがいいかもしれません』
「....何でだ?」
『だって友達じゃこうやって尊さんの手を握れないし、尊さんに抱きついて貰えないじゃないですか』
「......」
『まぁ、吠舞羅のような関係にも憧れますけど…これが私達二人だけの距離だっていうなら私はそれで満足なんです』
「緋那....」
『それじゃあ駄目ですか?』

小さく微笑みながらそう問うてくる緋那に周防はため息をついた。

「お前やっぱり変だな」

そう耳元で囁くと周防は緋那のそれに口付ける。
繋がりあった手にほんの少し力が加わった




(孤独も悲しみも)
(愛情で分けあえるんだよ)


 

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