君が笑う風景(1/5)


オレンジの夕陽が眩しかった日のことだった。

『す、周防…くん』

そこに居るのは黒髪の少女と髪の色が夕陽に同化してしまうくらいの真っ赤な髪を持つ少年だった。

『えっと…私、周防くん、の事が…』
「……?」

囁くような声で必至に自分に何かを語りかけようとする少女を少年は不思議そうな顔で見下ろす。

『す、す…好き……です』

終いには消えてしまった語尾をどうにか聞きとった少年はほんの少し目を見開く。
それと同時に身体にドンッと衝撃が加わる。

「…緋那」

衝撃の原因である胸に顔を埋めている少女、天上緋那を少年、周防尊は戸惑いながら見つめる。
こうも密着して他人の温もりを感じることが無いに等しい尊には緋那のこの行動にどう返せばいいか分からなかった。
ただ腕の中にある温もりを自然と嬉しく感じる自分がいるのも事実で。

戸惑いと何だかよく分からない感情の入り交じった心を抱えながら、尊は目の前にある肩に手を伸ばした。

夕陽で伸びた二人の影が隙間なく寄り添う。
静かに、だが確かな力で引き寄せられる身体から小さく息が漏れる音がした。




*  *  *




「いやぁ、アレは焦ったかったわ」
「ホント、ホント。
キングったらそういうところは鈍いからね」
『チョット…何時の話してるんですか』
「あの後キング何て言ってたんだっけ?」
『聞いてないし…』
「みんなキングと緋那さんの青春時代の話聞きたいって」

ニコニコと人の良さそうな顔で此方にカメラを向けてくる十束に緋那はたじろぐ。
そして暫く考え込むように宙を眺めると、まるで勝ったとでも言いそうな清々しい表情で口を開く。

『"砂漠が美しいのは、どこかに井戸をひとつ隠しているからだね"』
「?」
『星の王子様の中の一説です』
「それが何?」

質問の答えにならない返しに、分からないと首を傾ける十束を筆頭とする吠舞羅一同。
唯一草薙は緋那の言いたい事が理解できたのか、「ホンマ上手いこと言うわ、緋那ちゃん」と苦笑いを零す。

『簡単に言ってしまえば秘密があったほうが綺麗に見えるってことですよ』
「「「?」」」
『皆さんが尊さんの秘密をどうしても暴くと言うなら私は止めません』
「「「………。」」」
『でもそれで尊さんの秘密に傷がつくと思うと心がいた「「やっぱりいいです」」
…え?』

流れるように緋那から出てくる言葉の数々に吠舞羅一同はどんどん身を硬くしていく。

実際、緋那にとっても尊にとっても死守しなければならない程の秘密ではないので誤魔化す必要もなかったのだ。
これで引き下がってくれればいいな程度で引用した例えが随分と堪えたらしい。

"尊さん"、そのたった一言でも彼等の言動は大きく変わる。
こんな様子を見ていると吠舞羅がどんな風に尊を捉えてるか解った。

信頼、敬意、そして必要位上に踏み込んではいけないと云うほんの少しの畏怖。
そんな感情を元に皆は尊との距離を保っているのだろう。
その距離は余りにも絶妙で、それを繋ぐ糸は想像出来ないくらいに堅い。

もっと聞いてもいいだろうと言う声と、これ以上はダメだと言う声とで意見が割れてバーの中はいつも通り騒がしくなってくる。

そんな一同を微笑みながら見つめている緋那に草薙から声がかかる。

「毎度のことながら緋那ちゃんの弁舌には舌を巻くわ」
『褒めても何も出ませんよ』
「ホンマ、何者やってかんじや」

グラスを拭く手を止めて水を差し出す草薙。
彼の表情は若干呆れ気味で、その視線が向いているのは恐らく騒いでいる面々だけではないのだろう。
そんな草薙の視線を気付かないふりしながら緋那はカウンターの上にある水を口に含む。

『私はしがない本のムシですよ』




(今日も変わらない)
(温かな日常)

 

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