code 49

騒ぎを嗅ぎ付けたドローンがサイレンを鳴らしながら高速道路を走っていくのが聞こえた。
あぁ、やっと動き出したんだななんて他人事のような考えが浮かんだ。

「あなたと一緒に歩くのが危ない橋だって自覚はあった」
「でも引き返す気にはなれなかった?」
「だって変ですもん、シュビラシステムって。あんなワケの分かんないものに生活の全てを預けて平気な連中のほうがどうかしている」

楽しそうに問う槙島に嬉々として返すグソンのそれは至極単純なものだった。
今でなら分かるが少し前までは何かにそう考えることの可能性すら潰されていたように感じる。
罪を犯していないものまで取り締まるやり方に不満を感じてもそれが可笑しいことだとは思ったことがない。
正しいと感じたことはなくても間違ってると否定したこともない、そんな矛盾した考えがここ数日頭の中を蔓延っている。

「俺は外国人ですからね、この国で暮らしていけるだけでも感謝...と言いたい所たんですが」

鈍く痛む頭に思わず眉間に皺が寄るのを感じながらグソンの後ろに並ぶ六人の男達に目を向ける。

「こいつらは貴女が行う破壊の先を見たがっている連中です」
「破壊の先、か...。僕らにとっては生まれ育った街だ、切実な問題だよ。ねぇ名奈?」
『えっ...』
「君はこの先に何かあると思うかい?」
『...あれば良いですけど、なければそれはそれで受け入れます』
「...そうだね。ネットでの情報操作は?」
「事前に仕掛けたAIがもう活動中です」

そう言ってバスに乗っていく彼らの後に続いて足を踏み出す。
これに乗ってシュビラの元へ行けばこの靄を晴らす答えが見つかるはずである。
歓喜からか恐れからか微かに震える気持ちを我慢しながら腕を手摺に伸ばした、その時だった。

「名奈、もう一つだけ君に問いたいことがある」

強引に振り向かされた勢いで階段にかけていた片足が外れて再度地面へと両足が揃う。
腕を引いた主を見上げればその人はいつも通りの色の薄い笑みを浮かべて此方を見下ろしていた。

「記憶は全て思い出したと言っていたね、あの言葉に嘘はないかい?」
『え、どうして今そんなことを』
「僕の予想ではねこれから行く場所には君の求めている答えもあるじゃないかと考えてるんだ」
『それは...』
「分からない問いへの答えを求めるのは至極全うな感覚だと思う、だけどね問いを全て見ないで先に答えを求めるのは少し狡いのでは?」

確信ばかりをついてくる槙島に返す言葉もない。
ばつが悪い気持ちになって思わず顔を逸らすがすぐに顎を掴まれて正面を向かされる。
何処か既視感のある琥珀色の瞳から目が離せなくなる。じわじわと染み出す感覚に頭の中で響いていた痛みが鮮明になっていく。

「"生まれてから物心つくまでの間の記憶"、本当に思い出しているのかい?」

一際強まった痛みが波のように畳み掛けてきて目を瞑る。
割れそうな痛みに崩れる身体を支えて抱き込む槙島のシャツを掴みこむ。

「もう一度機会をあげよう、だからよく考えて追い付いてくればいい。そうしたらその時は二度と君を離したりしない」

頭を撫でてくれる手はどこまでも優しかった。

君に側に居てほしいんだ、名奈




* * *




『随分昔の話ではある』

名無が明確な自我を持ったと己で理解したのは名奈の両親が連続殺人に巻き込まれ無惨にも殺されてしまったときである。
気付いた時には犯人だったであろう人影がすぐ足元に伏していて、殺したんだなと何となく理解した。
それ以前の名奈自身の記憶を思い出そうと試みたことはあったが結局何かを思い出せた事はない。
ただ漠然と名奈の中で燻っていた感情、それが別個の人格として意思を持った、そしてそれを導いたのが槙島聖護、その人であることだけは後に理解していった。

『別に僕自身が何者かとかはどうでも良かった』

名奈が執行官になってドミネーターを使って人を殺す時、または名奈を傷付けようとするものがいたとき、名無は何の躊躇いもなくその牙を奮った。
それこそが己の存在理由だと信じて疑わなかったし名無はそれなりに分身である彼女の存在を大切に思っていた。
そうやって生きてきたある日、名奈が己の意思で人を殺した。名無がとって変わる間もなく、槙島という存在がいたにも関わらず。

『それとも逆に先生が居たからなのかな、あの時だけは断固として僕に変わることを名奈は許さなかった』

そこで始めて考えた。自分のルーツを。
名奈自身の中にも自分と同じものが生まれつつあるのを感じてやはり同じ一人の人間なんだと感じた。では何故それが分離したのか、分かれる前は一体どういう形で在ったのか本気で考えた。
記憶を取り戻していくことで徐々に自分と名奈との境が消えていった。
いずれこの感覚すら消えてなくなるなら今のうちに一緒に考えてみるのもいいかもしれない。
ただ居なくなるってのは些か癪だ。

『いつか消えてなくなった時でも君の中に居たっていう事実は変えさせない』






(僕に依る一秒と君に縒る永遠)
(誰の瞳にも触れない僕らの時間)



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