code 47

霧の立ち込める廃棄区画の地下駐車場で槙島は件の現金輸送車襲撃事件の犯人たちと向かい合っていた。

「上手く追跡はまけたようだね」
「ちょろいもんさ、ドミネーターの使えない公安なんて屁でもねぇ」

そう言って彼らは槙島の後ろにある車に積んである大量のヘルメットへと視線を写すと何かを企んだ笑みを浮かべて槙島ににじりよる。

「でもよ、あんたさ肝心なところで一本ネジが抜けてるよな。それだけのお宝を一人で持ち歩いて用心とか考えなかったわけ?」

各々武器を翳しながらこちらを脅しているつもりなのか、優位な場所にたっていることを疑いもしないその様子に槙島は溜め息を着きたくなった。
本当に嘆かわしいことだと思う。
彼等には愚かにも動物的な本能が欠けている、狩るものと狩られるものの明確な違いを見分ける本能が。

「これは啓蒙の為の道具だったんだ。人が人らしく生きるために、家畜のような惰眠から目を覚ましてやるために」
「はぁ?」
「シュビラに惑わされた人々は目の前の危機を正しく評価出来なくなった、その意味では君たちもあの憐れな羊達と等しく愚かしい」

そう警告の意味も含めて言ってみたものの彼等には届かなかった。
そうかよ、と言って武器を二人同時に振りかざす。
しかし槙島にとってその攻撃を止めることは造作もないことだった。
先に向かってきたナイフを持っている男の腕を捻ってバットを振りかざす男への盾とする。
そのまま鳩尾を狙って蹴り飛ばした。
ナイフを持っていた男の顔に肘打ちを落として力が弱まったところで顔面に膝蹴りを打ち込んだ。
余りの速さと展開に茫然としている後ろの男には回し蹴りを顔面に決めてから脳天に踵を落とせば一瞬だった。
見事に踞る三人を冷たい目で見下ろしていると車の影から声を掛けられる。

『やっぱり先生は凄いですね』
「そんなことないさ、何より彼等と僕では戦う前から結果は見えていたしね」

落ちていたバットを拾ってまだ息のある男のもとへと向かう。
武器を振りかざすということがどういうことか彼等は知るべきなのだ、そう思いながら足を進めると後ろから手を引かれた。

『...それ私にやらせてもらってもいいですか?』

あまりにも珍しい発言に流石の槙島も一瞬理解が遅れた。
その隙を見逃さなかったのか名奈は槙島の手の中からバットを抜き取ると呻いている男の元へと向かう。
男の口へとバットのグリップを勢いよく突っ込むその姿は彼女に珍しく随分と無慈悲に見えた。

『怖がっているなかすいません、でも私は貴方達が羨ましい』

突然の羨望の言葉に男は訳の分からない顔をしていた、この状況のどこに羨む要素があるのだと、そんな想いがありありと伝わる。
何より羨望を伝えてるわりに名奈の顔は酷く悲しげだった。

『貴方達は自分で行動を起こした、例えそれが成功でも失敗でも貴方達はそれに対する結果を得られた。先生は愚かだって言ってたけど羨ましい限りなんです、私からすれば』

それでも躊躇う気持ちはないのか名奈は大きく手を上げると釘を打つようにバットの先端を狙った。

『この世界での最後を人間らしく生きれたこと誇りに思って…死んでください』

ガツリと鈍い音がして暫くすると男は動かなくなった。
俯いたまま動かない名奈を黙って見つめていると小さく先生と呼ばれた。

『私は初めてシュビラの狗でもなく名無の意思でもなく人を殺しました』
「...後悔してるのかい?」
『いいえ、これは決断です。私の出した答えを先生に行動として見てほしかった』
「......」
『先生に着いていくのは私の意思だって証明したかったんです』

そう言いながら瞳を潤わす名奈を槙島は改めて最高だと思った。
きっとまだ何処かに葛藤もあるのだろう、人を殺したことに罪の意識も感じているのだろう。
そんな不安定さが実に人間らしく槙島には感じられた。
普通の人間の普通な営みは今では酷く尊い、そんな稀少な存在が狡噛ではなく自分を、破滅の道でしかないであろう未來を選んでくれたことに槙島はこれ迄にない喜悦を感じていた。

「よろしい、なら行こうか」
『はい』

震えるその手を強く握った。
もえ二度と離さないという想いを込めて。





(ここにあるのは幸福)
(誰に侵されることも赦さない)

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