code 46



『どこで手に入れたんですかね、これ』

名無はたった今手にした紙を見ながら戸惑いの声をあげた。

そこには沢山の名前とその人物のサイコパスの変動を表した表があった、しかもその値はどれもギリギリ正常値の範囲のものばかりで明らかにそういう数値だけを集めたという意図があった。

こんな機密情報を一体どこでどうやって手に入れたのか。


『手段を選ばないのか、それとも後戻りするつもりがないのか』

投げ出した紙がパラパラと不揃いに落ちていく様を眺めながら名無は乾いた笑みを浮かべる。
きっとここに名前の載っている人間は直に起こる槙島の計画によって人として無惨に崩れさるのだろう。

『えっと...なんだっけ、確か』

周囲の多くを巻き込みながら。

『"ある地点からは、もはや立ち帰ることはできない。その地点まで到達しなければならぬ"』

いずれ世界を壊していく。

『この世界は、人間は、秩序は、それぞれどんな終末を望んでるんだろうな』




* * *




「どういう状況だ、これは?」

明らかにおかしい部屋の状況に宜野座は不満さを隠せない。

「どうもこうも、事件そのものは明快極まりないんだよな。犯人は堂々と玄関から入ってきて係員を殺し、好き放題に薬物を奪ったあとで平然とそこのドアから出ていった」

そう淡々と現場を見極める征陸もその顔にはどこか戸惑いのいろがあった。

何故ならそこには鋏が口に刺さったままうつ伏せになって血を流している男と、傍に落ちていたボールペンで身体中を刺されたのであろう女が息絶えて横たわっていたのだから。

「一部始終監視カメラに写ってますよ」

六合塚がパソコンを操作して監視カメラの映像をそれぞれの端末に送る。
その映像にはヘルメットをしながら女ににじりよる男の姿がはっきりと写っていた。

「何だこのヘルメット?露骨に怪しいじゃん」
「ただ怪しいというだけでセキュリティは作動しないわ。エントランスからずっとこの男のサイコパスはクリアカラーの正常値なの。スキャナにもログが残ってる」

呆れ声をあげる縢は六合塚が言ったことにふーんと気の抜けた返事を返す。
そして映像を一瞥すると徐に顔を上げた。

「まるっきりあの槙島って奴と同じじゃないっすか、サイコパスが正常なまんまで人殺しができるだなんて」

"槙島"

その名前にほんの少し空気が硬くなる。
朱は俯くようにデバイスへと視線を落とす。
どうしても反応してしまう表情を見られたくなかった。
それでも目つきが険しくなるのは耐えられなかった。

「恐らく、このヘルメットが鍵だろう。サイマティックスキャンを欺く何らかの機能があったに違いない。常守監視官を出し抜いた槙島という男も、同じような装置を使ったのかもしれない」

そうだろうか、宜野座の言葉に朱は違和感を感じた。
なんとも言えない表情を浮かべて宜野座を見つめる。
しかし宜野座はその視線に気付いてなさそうにデバイスに視線を向けたままだった。

そんな二人を察した征陸はすぐに口を挟んだ。

「しかしよ、こんなヘルメット一つでサイコパスを偽装出来るものなのか?」
「サイマティックスキャンを遮断するというならまだわかるわ...もちろん、その程度のことでセキュリティは突破出来ない。スキャニング不能な人物が通過すればその時点で警報が鳴るもの」

六合塚は困惑気味な表情で監視カメラを見つめる。

「問題はスキャナが侵入者のサイコパスを検出している点だ。虫も殺せないほど善良な一般市民としての色相判定をな」

狡噛がそう言うと次いで縢がクラッキングかなと呟く。
しかしありえないと六合塚は断言する。

「こんな短時間で場当たり的な犯行なのに、何の痕跡も残さずデータを改竄するなんて不可能よ」

どうしようもないこの状況に皆が口を閉じた。同時に同じ結論に辿り着いていた。
これがシュビラの弱点であると、覆しようのないことであると。

「現行のセキュリティはサイマティックスキャンの信頼性を前提に設計されてる。だからこそサイコパスに問題がなければ、問題を起こす可能性すらないものとして、素通りだ」
「実際の傷害も窃盗も、それを犯罪行為と断定できる機能が、ドローンのAIには備わっていない。みんな対象のサイコパスだけを判断基準にしているからな」

宜野座の言葉に狡噛は小さく呟く。
朱は改めて部屋を見渡す。
これほどの事が起きながらドローンはスキャナは何も感知しなかった。
刺されても、悲鳴があがっても、血が流れても。
サイコパスに異常はなかった、それだけで何も起きなかったことになってしまった。
思わずポツリと言葉がもれた。

「...こんな犯罪に対象できる方法は、もう、この街には残ってない」




* * *




『愉しそうですね、先生』
「そう見えるかい?」
『はい、でもどちらかというと満足そうです。何か計画に進展が?』
「ほんの始まりにしかすぎないさ。人が人を殺した、起きたのはたったそれだけの事だ」

槙島は名無に携帯を投げ渡す。
綺麗な弧を書いて手の中に収まったそれをひっくり返す。

『うわぁ...』

思わず感嘆の声がこぼれた。
そこに写っていたのは倒れこむ女に股がりながらその女を殴る男。
しかも一発二発ではなく何発も執拗に頭から上半身にかけて満遍なく殴っている。
終いには服を破いて素肌を殴りつけるところまでエスカレートした。
ドローンがストレス上昇を感知したのか女に近づいていたが、暴力行為を続ける男には見向きもしない。

『これはまたろくでもないことをする奴に渡しましたね、ヘルメット』

それもそのはずだった、何故なら男はヘルメットを被っていた。
周囲にいるクリアカラーの人間のサイコパスをコピーするヘルメットを。

『良かったんですか、こんな下らないことする為の道具でもないですよね、これ』
「構わないよ、デモンストレーションは必要だ。民衆を動かすためにはまず誰かが先陣をきらないといけないからね、それを買って出てくれるならどんな些細なことでも構わない。
それにもともとその下らなくて、よくありそうな事を誘発して肥大化させるための道具だからね、そう大差ないさ」
『...あとは現金輸送車の襲撃でしたっけ。順調そうでなによりです』
「今頃公安局は大忙しだろうね」

そう言って微笑む槙島はやはり愉しそうだった。
名無はそんな槙島の笑みから目を逸らす。
公安局という言葉はどうにも胸の中を曇らせた。






(世界に酸をかける)
(溶けだした真実を僕らは曝す)

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