code 45



人々が行き交う交差点。
今日もシュビラにより街の安全は保たれている。
街の至るところに警備ドローンと監視カメラが設置されているのだ、つまるところこの街を出歩くことが出来るということが社会的に安全であると認められた証拠なのだ。

だから厳ついヘルメットを被って、ロングコートを着て、如何にも怪しげな雰囲気を醸し出していたとしてもそんな些細なことはその大前提を揺るがすことにはならない。

とある男からヘルメットと共に甘言を受け取った男の脳内は"薬"、その一点だけだった。
色相がこれ以上濁ることを避ける為には"薬"が必要だ。
"薬"を得られるならだんな手段だって問わない、男はそれほどまでに追い詰められていた。

男は薬局に足を踏み入れると受付のドローも無視して奥の部屋へと向かう。
扉の前に立つと自動的に色相チェックが始められる。

―ライトピンク、23.9―

いたって健康な色相と犯罪係数が表示され扉が開く。
そうして男は調剤室に入ると辺りを見回し、近くにいた調剤師にメモを見せる

「このメモ通りの薬をだせ」
「あの、これはちょっと...。
向精神作用の薬物はですね、認可された施設で処方箋と生体データを――」

目の前の調剤師が何やら喋るのにつれて男の苛つきは増していく。

大人しく"薬"を出せばいいものを、自分にはこの薬がどうしても必要なのだ、社会で全うに生きる為に。
患者が言うのだ、医師は黙ってそれに従えばいい。
つまりこの場で反論されることに対して自分に非はない。



コロシテヤル―――



「わかってないなぁ」

ポケットからハサミを取り出して困った顔をしている調剤師の喉に射し込む。
そのまま頭を掴んで机に叩きつける。
机が赤く染まっていくがそんなことは男にはどうでもよかった。

「誰か、誰か来て!!」

男は奥の方で怯えながら助けを求め始める女の調剤師の足にボールペンを突き刺す。
苦痛の声に混ざって肉の千切れる音が部屋に響く。
成す術もなくただ一方的に暴力を与えられる状況にあっても監視カメラは無情にも反応しない。

「助けは来ない、さっさと薬を出せ!」
「ぁ、あぁ!!」



絶望に歪んだ声は届くことはなかった。




* * *




『んっ....』

目を覚ますと額にのっている温もりから少しずつぼやけていた神経が冴えた。
まだ少しぼんやりとする視界を凝らしながら辺りを見回すと眠る前と景色が違っていた。
そもそも自分は横になっていただろうか、そんな疑問が名奈の頭の中を過る。
ふと上を見ると此方を見下ろしてにっこりと微笑んでいる槙島と目が合い名奈は慌てて起き上がる。

「おはよう、目が覚めたみたいだね」
『すいません、先生』
「構わないよ。ここに来たばかりでまだ疲れがとれてないだろう」
『でも、先生のお膝を借りていたなんて...』
「危なげな体勢で寝ていたからね、つい」

そう言って槙島は再度名奈の頭を撫でる。

名奈はこの手が好きだった。
どんなに残酷に冷酷に人を殺していても、こうしてしてくれる時だけはこの手は変わらない。
傷付けないように包み込むよう、そんな心遣いが伝わるようなとても人間味のある暖かさを持つこの手が。

『あれ..?』
「ん、どうかした」
『この辺に本置いてませんでしたか?』
「あぁ、多分グソンが片付けたんじゃないかな....もしかしてまだ読みかけだったか?」
『大丈夫です、気分で読んでただけなんで』
「バイロンだったかな」
『はい、マンフレッドを」
「懐かしいね、大体の本は知識として読み流していた君にしては珍しく興味を抱いていた本だった」
『そうでしたっけ』
「"知識は幸福を意味しない。いわんや科学は無知と一種の無知とも言うべき知識とを交換することにしか過ぎない"だったっよね」
『...そんなことまで憶えてるんですね先生は』
「幼くしてあの一文をこの世の中への例えに引用できる子供はいないよ。君が言った言葉今でも憶えてるよ。"今の世界にはこの意識が掛けている。あらゆる知識を得、あらゆることが可能になったという肥大した自我。人間は酷く退屈で愚かしい"、そう君が言ったことは正しい、そしてそれは今の世の中でもなんら変わっていない」
『...だからこその今回の計画ですか?』
「そう、この社会の人間が自負しているそれらが如何に脆いものの上に成り立っているか僕らは証明しなければならない」

そうだろう、そう言って槙島は名奈の体を抱き締める。
名奈はこの先この街で起こるであろう惨事に瞼をきつく閉じた。
見ない振りをするわけではない、これがこの社会の為なのだと言い聞かせながら心の何処かにある迷いを押さえ付けるように、槙島のシャツを強く握った。




* * *




出動要請の来た事件の現場の前でドミネーターを抱えながら朱はふと考えた。

本当にこの銃を信じていいのだろうか、肝心なときになんの反応も示さなかったこの武器を、と。
一度疑い始めればそれは鎖のように他のことへと繋がっていく、武器からそれを司るシステムに、システムからこの国の理想に、果てにはその理想に準じた自分の正義にまで。

「おい」
「うわっ」

予期せず肩に加わった衝撃に気を抜いていた朱は思わず前につんのめる。

「何を考えてるのかはなんとなくわかる」
「狡噛さん」

ほんの少しいつもより優しげな声で話しかけてくれる狡噛に朱の心の中の靄がうっすらと晴れていく。
俯いていた顔をあげて狡噛の顔を見つめる。
そこには事件の真髄を見抜こうとする凛としたいつもの瞳があった。
通常通りの狡噛の様子に朱は気を張り直す、例えわからないことがあっても時は止まってはくれないしましてその答えを教えてくれることもない、今はただひたすら前に進むしかないのだと。

「だが今は目の前の事件に集中しろ」

そう言って現場へと向かっていく狡噛の背中に向けて朱は力強く返事をする。

「......」

彼に続いて中に入ろうとしたその時朱はふといつもと違う違和感に気付く。
そうしてまた少しだけ悲しくなった、いつも狡噛の後ろを歩いている彼女は今は居ないのだと

もうじき紫にその場所をを侵されそうなオレンジ色の空を見上げる。
僅かに吹いた風が木の葉を巻き上げて宙に浮かせる、カサカサという音は一瞬で消えてなくなった。


「常守監視官は正しいと、少なくとも私はそう思ってます」



行方の知れない彼女がいつだったか自分を励ます為に言ってくれた言葉。

今はその声を聞くことは叶わない。






(ノットアンリアルワールド)
(全てが偽物の世界)

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