code 43


『また随分と乱暴な手段をとりますね』


靄のかかった世界に声が響く


『先生も一体何を考えているのやら.....とはいえ、たまにはこういった趣に付き合うのも悪くはないですかね』


さて、そう呟いて声は向かうべき場所へと意識を向ける。


『僕は名奈の陰ですからね。君が望むならなんだってしますよ』




* * *




薄暗い部屋の中、唯一の光源であるモニターはモンタージュの作業の為、忙しなく光っている

分析室にある人影は四人分。
部屋の主である唐之杜。
そして禾生と名奈、もう一人は見届け役としての宜野座だった。
誰一人として言葉を発さずモンタージュを受ける名奈を見つめる。


(雨宮名奈にはサイコパスが存在しない)

宜野座は未だにその事実を受け入れられずにいた。


宜野座が当初上から知らされていた名奈のデータには彼女は乖離性同一性障害、いわゆる二重人格だと記されていた。
二重人格によるサイコパスの二分化。
普段の名奈のサイコパスにはなんら問題はないが、もう一人、サイコハザードを起こした時の名奈の人格は非常に危険であると判断された。
隔離施設に送ることも検討されたらしいが異例ケースであり無闇に施設に送ることは危険だと一部の反対により断念。
そうして特例措置として執行官への就職が許され今に至る。


そうなっていた筈だったのだが...

『んっ...』

名奈から小さな呻き声が漏れる。
先程までピクリとも動かなかった彼女が動いた事に宜野座は少なからず動揺する。
慌てて唐之杜を見るが彼女も何が起きているのか分からないといった表情をしていた。

「モンタージュは終了だ、唐之杜君」

するとそんな二人の硬直を解くように禾生が声をかける。

「ある程度の情報はとれているだろう」
「しかし...」
「構わない、今の彼女なら問題ない。
そうだろう、雨宮君?」

そう言う禾生の瞳は鋭い。
その余りの迫力に二人は思わず口を閉ざすそうして訪れた沈黙。
張り詰めている空気に耐え難くなってきた宜野座は口を開こうとする。

すると...


『ふっ...』


再度名奈から声が零れる。
しかしそれは次第に大きさを増して最後には彼女に似つかわしくない大笑いになる。呆然と見つめる二人をよそに禾生のその瞳は冷たさを募らせる。

『よく分かりましたね、と言いたいところですが、貴方なら納得出来ます』

そう言いながら身体を起こした名奈を禾生は見下ろす。

『お久し振りです禾生局長。
四年前以来ですね?』
「......」

悠長に話しかける名奈とは対照的に禾生は一言も言葉を発さない。
むしろ唇を固く結んで何かを漏らすまいと耐えてる。

『黙りですか、つれないですね』

そんな様子の禾生を名奈は鼻で嘲う。
そして視線を固まってしまっている二人へと移す。

『それでお二人は現実逃避ですか?』
「「........」」
『大の大人が揃いも揃って…』
「お前は、」
『?』
「お前は一体何者なんだ」

カラカラに渇いた口を必死に動かして、その言葉だけを紡ぎだした宜野座は直ぐにそれを後悔する。
問わなければよかったと。

『んー?可笑しな事聞きますね。
何度かお逢いしたことありますよ』
「そんなことあるわけ...」

そう言いかけた瞬間宜野座の頭に幾つかの記憶が過る。
別人のような冷めた瞳で此方を射抜いてくる視線、それをおくってくる人物の顔が。

「お前は、サイコハザードを起こした時の雨宮なのか...?」

恐る恐る問いかけると途端に名奈の顔が歪む。

『その言い方は嫌いです。まるで僕があの子の闇の権化みたいじゃないですか』
「...違うのか?」
『違いますよ、あの子は自分の悪い部分を誰かに押し付けたりするような無責任な真似は絶対にしない』
「......」
『それにもう知っているんじゃないんですか?雨宮名奈は免罪体質者だってこと』

したり顔でそう問い返してくる名奈に宜野座は思わず言葉に詰まる。
免罪体質について何も知らない唐之杜のいる前で迂闊な事も喋れない。

「そこまでにしてもらおう」

どうしたものかと戸惑う宜野座に禾生から救いの声がかかる。

「話したい事があるなら後々ゆっくり聞こう」
『今ここで話すのは何か問題でも?』
「この場を混乱させるのは私も本意ではない。それにここでは君の聞きたい事に何一つ答えることは出来ない」
『......』
「聡明な君なら判断は難しくないだろう」

先程まで余裕気だった名奈の顔は禾生が喋るほど不満の色を増していく。
終いには大きな溜め息を吐いて禾生を睨み付ける。
目は口ほどにものを言うと云う諺しかり、不釣り合いなくらいつり上がる目尻から宜野座は意図も簡単に彼女の感情が理解できた。

こんなに分かりやすかっただろうかと宜野座は思う。
普段の名奈は常に笑っていて感情を顕わにすることの方が珍しい。
人間味に欠けるとでも言うのだろうか、普段の彼女からはそんな印象しか抱けなかった。
だからこんな名奈は意外だったしなにより..

(普通の人間に見える)

自分の部下達は本心を隠すのが上手い、その上此方の事を見透かした様にするのだから質が悪い。
まるで違う存在のように思える彼等とはきっと心から解りあえることはないのだろう。

「宜野座君」
「っ..はい」
「雨宮君は暫く私の管轄の者に預けるが構わないかな?」

いつの間にか問答は終わっていたのだろう。
禾生の突然の決定に一抹の疑問が残るが反対する理由が特になかった。

「構いません、よろしくお願いします」
「まぁ、預かるとはいえ部屋の前に見張りを置くだけだが。暫くの間そちらの人員を一人減らすことになるが、上手く対処してくれ」
「畏まりました」

宜野座の返事を聞くと禾生は満足気に頷く。

そうして名奈を伴いながら分析室の扉へと歩みを向ける。
あと一歩というところで扉が先にスライドされる。


そこには珍しくも息をあげている狡噛が居た。






(やさしさを棄てて僕になる)
(その他の全て君にあげるから)

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