code 39

薄っすらと背中に温もりを感じる。
身体全体が感じるのは冷たさだがその温もりのある部分だけは暖かかった。

さっきまであの"白い部屋"に閉じ込められていろいろなものを見せられていた。
それは幼い頃の自分の記憶だった。
家族のような人間の中で過ごし、世間一般的にはあまり良くない扱いを受けていたことも。
断片的ではあったが名奈はそれを確かに思い出していた。

『槙島先生....』

記憶の中を一番占めている存在の名を呟く何故電話の男が自分の過去を知っていたのか。
記憶を取り戻した今なら至極簡単に答えが出た。

"槙島聖護"

名奈に生きることを教えてくれた人物
それは決して喩え等ではない。
文字通り槙島は人として生きることを名奈に説いた。

「僕が君を自由にしてあげよう」

そして運命が変わったあの夜、事件の手筈をしたのも彼だった。




* * *




「やぁ、目は覚めたかな?」

ぼんやりとしている意識を割くように一つの声が降り注ぐ。
そっと目を開けるとそこにはおそらく手の主であろう人間が自分を抱えていた。
視線が合う。

その途端身体にゾワリとした感覚が走る。背中にある温もりは本物だろう、しかしそれをもってしても余りある冷たさは昔から全く変わってなかった。

『槙....し、ま先生』
「良かった。いきなり倒れたから心配したんだよ」

そう言って槙島は名奈の頭を撫でる。
一見安心させる為の行為。
しかしその実、名奈は不安を煽られて仕方なかった。

あまりにも整った顔立ち。
病的なまでに白い肌。
そして長い襟足。
全てが完璧な人形のように揃っていた。

『ここは..どこなんですか?』

問いただしたい事が沢山ありすぎて頭の中が全く纏まらない。
そんな状態で最初に出てきたのはごく在り来たりな質問で。
そんな名奈の考えを察したのか槙島は小さく微笑みながら名奈の身体を抱え直す。

「地下空間だよ。
泉宮司豊久を知っているかい?」
『全身サイボーグの、帝都ネットワーク会長の..』
「そう、ここはその人のさしずめ、狩猟場と言ったところかな」

"狩猟"という言葉に思わず反応する。
この御時世、そんな言葉は最早死語と言っても差し支えない。
ましてこんな最悪の環境に何が生きているのか分からない。

『何を..』
「ん?」
『何を…狩るんですか?』

思い切って問うてみる。
すると槙島は気分を良くしたのか、その微笑みを更に深いものにする。
ヒヤリとしたそれの下に見え隠れする狂喜四年前までは見たことのなかった槙島の一面にひたすら畏怖を感じる。
受け止めがたい現実を突き付けられる。
まるで小石でも投げ入れられたように波紋の止まない心を必死に抑えつける。
しかし槙島は名奈の抵抗をいとも簡単に押さえる。

「人間だよ」
『え......』
「今回の獲物は狡噛慎也」
『......!』
「そして、今の君にとって掛け替えのない人物」
『どうしてそのこと、』
「そんな事少し調べればすぐに分かることさ」

愛おしげに名奈の髪をすく槙島。
その手に絡まる髪が彼の手の白さを際立たせる。
蝋のような肌はまるで温かみを感じさせないのに、名奈に向ける表情は真逆のものだった。
宝物でも愛でるかのような手つきと笑み。しかし、誰もが見惚れるであろう慈愛に満ちた表情はこの空間において狂気の固まりへと化していた。

「別に責めているわけではないんだ。
寧ろあの男と関わってどう変化するのか楽しみでもある」

だが、そう言って槙島は更に顔を近づける鼻の先が触れ合うほどの距離。
近すぎる琥珀色の瞳が名奈の心の奥を直に覗こうとする。

「名奈が公安に甘んじているというのは些か見逃せないな。
君ほどの尊い人間が、何故上に従うしか脳のないあの場所に居るんだい?
己の意思を問わずシュビラの神託のままに生きる、そんな生き方は四年前に捨てた筈だろう?」
『四年前..』
「君を十五年間縛り付けていたものは、君自信の意思と判断によりなくなった..筈だった」
『....』
「だからもう一度問うてみることにしたんだ」
『え....っぁ!』

トンッと首の後ろから小気味良い音が聞こえた。
同時に意識がゆっくり混濁していく。
光を失いながらぼやけていく視界で名奈は懸命に槙島へ手を伸ばす。
まだ聞けていない事が沢山ある。
それに狡噛のことも止めるように説得しなければならないのに。

『―――』
「よく考えて自分の足で戻っておいで」

その手は届くこと無く意識を繋げていた線が切れた。
銃声が止み一切の音がしなくなった地下空間。
槙島は名奈を抱え直しながら下の状況をスコープで覗く。

「頃合いかな..」






(偽りの壁は壊された)
(外の世界は如何様に..)

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