code 38



「くそっ、完全に迷路だな」

宜野座の苛立った呟きが空間に反響する。
狡噛からの連絡によりだいたいの位地が掴めたがいいが、肝心のマップは殆どデタラメ。
存在しないトンネルが幾つもドローンに発見され正しい道が見つからない状態だった。

「正直何がなんだかさっぱりだ。強力なジャミングに、記録のない地下空間、狡噛からの応援要請…」
「タダゴトじゃないのは間違いないっすよ、コウちゃんのあんな声初めて聞きました。
…マジで切羽詰まってた」

縢が神妙そうな顔で言う。
しかしその場に居る皆がそれを否定出来ずただ黙るしかない。

するとそんな沈黙を破るように六合塚が皆が気になっているもう一つの事に触れた。

「名奈はいるでしょうか?」
「……」
「…それ今言う?」

誰もがせめて今だけでも、と忘れようとしていた。
名奈が先日姿を消したことで一係は騒然とした。
狡噛の心当たりある所など一通りあたってみたが、成果は得られなかった。


しかし今は違った。
確証は誰も持っていなかったが、この場に赴いた全員が感じていた。

ー雨宮名奈はここに居るー

そして、それが何を意味するのかも全員理解していた。









『……!』
「どうかしたかい?」

隣で小さく息を飲む名無に槙島は目ざとく問い掛ける。
しかし名無は口を開くつもりはないらしく、ただ静かに俯くばかりだった。

「名無」

そっと槙島が##の肩に手を伸ばす。
あと少しで触れるか触れないかの距離、そこで槙島の手は勢いよく弾かれた。

「……!」
『あ、すまない…じゃない。
すいませんでした』
「…どうかしたかい?」
『いや、どうやらお姫様がお目覚めになられるようで…。
つい気がたってしまって』
「構わないよ。だけど、もうそんなに時間が経っていたのか。
状態は?」

横目でチラリと見てくる槙島に名無は苦笑いを浮かべる。
はっきり言って名無の状態は芳しいものとは、とてもじゃないけど言えなかった。
記憶は一通り名奈の中で再現された筈だ。
だがしかし今の名奈にそれを全て受け止めるだけの余裕があるとは思えなかった。
まして槙島に会わせるなど、さらなる混乱を招く種にしかなり得ないだろう。

名無はじとりとした視線で槙島を見つめる。
名無には確信があった。
この男は理解したうえで自分に判断を委ねている、と。

『貴方ならなんとなくでも分かっている筈ですが?』
「それはあくまで僕の推測でしかないからね。この状況では出来るだけ正確な答えの方がいい。間違った答えは名奈を苦しめるだけだからね」

ニッコリと笑みを浮かべながら槙島は尤もらしい事を唱える。
あまりの白々しさに漸く治まった焦燥感が荒立てられる。
ざわざわと波のように迫ってくる感情を必死に抑えながら名無は大きな溜息をつく。

『あんまり虐めないで下さいね』

そしてそれと共に、さして効果のないであろう言葉も添えてみる。
案の定槙島は楽しげに笑い「善処するよ」心にも無さげな台詞で返してきてたのが、意識が途切れる前の最後の景色だった気がした。







(生温いその手でもとろう)
(全ては君の為に)

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