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『お久しぶりです槙島先生。
それとも昔ながらの聖兄の方がいいですかね?』
「懐かしい呼び名だね、名奈が幼い頃よくその名で呼ばれたものだ」


槙島の感慨深い口調を鼻で笑いながら名無は下の階を覗く。

沢山の荷が積まれたそこでは依然狐狩りが続行されている

『大した悪趣味ですね、まったく…』

人間を相手に狩りなどという言葉を使っている時点で今回のハンターはさぞサイコパスが濁っていることだろう。

しかしそんな人間に名無は欠片も興味が湧かなかった。
彼女が興味があるのは今回狐として狩られる立場に置かれている彼。
そして自分の中の自分に大きく影響を与える最も厄介な人物。

そんな彼が危機的状況におかれているのだ。
何を求め、なにを為すべくして生まれたのか。

これ程彼の本性を見抜くのにうってつけの機会はない。

『お手並み拝見です、狡噛心也。
あの子の側に居るに相応しいのか見極めてあげますよ』




*  *  *




古びてカビの生えた建築素材が積み重なった影に狡噛とゆきは隠れていた。

何処か空を見つめながら静かに考えを巡らす狡噛は、この状況を深刻に捉えていた。
背後でしゃがみこんでいるゆきはどうやら体力の限界らしく、荒い息をついている。

「もう……駄目…走れない…」
「……」
「もう嫌、逃げきれないよ……こんなの、無理」
「悪いが考え事の最中だ」
「いいから、何か喋って。
あんたって、黙ってるとなんか怖いんだもん」
「……考えていた。
あんたを餌にして常守が釣られ、代わりに俺が捜しに行く事まで織り込み済みで、連中はこの狩りをセッティングした」
「あいつらが遊びたいのは、あんたなんでしょ!?
あたしはただの…クソッ……
巻き添え食ってるだけなんでしょ」

若干ヒステリック気味になるゆきを狡噛は横目で見る。
しかし狡噛には今だ解らない事が幾つかあった。

まず、常守を呼び出す為の餌ならゆきはもう必要のない存在である。
なのに何故か地下鉄に乗せられていた。
ならば彼女はこの狩りに何らかの関連性を持つ存在としか推測がつかない。

そしてもう一つ、所々に仕掛けてある道具。
これらは狡噛達にメリットはあってもプレイヤー達にはメリットはない。

その二つの要素から考えられる事は−−


「この狐狩り、ただのワンサイドゲームじゃない。
敵は俺にも勝ち目があるとちらつかせてる」

狡噛はアンテナのないトランスポンダを見つめながら考え込む。

「つまり、俺は試されてる。
途中であんたを見捨てるか否か、きっとそいつも勝敗を握る鍵の一つなんだ…」

そう言い聞かせるように呟いた狡噛は、はたと閃く。

「おい、服を脱げ」
「はぁ!?な、何考えてんのよ、こんなとこで!」
「いいから、確かめたいことがある」
「あんた正気?頭でもいかれたの!?」
「生き残りたければ言う通りにしろ」

狡噛の突然の提案にゆきは頬を紅潮させながら噛み付く。
こんな状況で服を脱ぐなど、ゆきには気狂いな行動にしか思えなかった。
しかし狡噛があまりにも真剣な表情でこちらを見詰めてくる。

それを見てヤケになったゆきは渋々ネグリジェを脱ぐ。

「こんなド変態が公安局の刑事だなんて…」

ゆきの罵倒を受け流しながら狡噛は丹念にネグリジェを観察する。
しかしこれといって異変のないそれ。

(だとすると…)

「な、何見てんのよ!」
「…あんた寝るときは下着を揃えないのか?」
「え……?」

狡噛の視線の先。
そこには上下で色が不揃いである下着があった。
昨夜の記憶を即座に掘り返すゆきは、そこである事に気付く。

「え、何で……」
「ブラもよこせ」
「//////…あっち向いてなさいよ」

狡噛が背を向けると、その頭にゆきのブラが降ってくる。
それを手に取りもう一度丹念に調べる。

「!」

するとそこには明らかに細工の痕があった。

「攻略アイテムの最後の一つはあんたが隠し場所だったんだ」
「…?」

分からないという顔をするゆきに狡噛は希望の灯った顔で笑いかける。
そんな狡噛の手には黒い棒らしき物が握られている。

「トランスポンダのアンテナ素子だ」




*  *  *




一定の反響音が下の空間から響く。
視認出来るのはハンターの人間だけで狡噛は何処かに隠れてしまったらしい。

しかも先程のアクション以来全く動く気配がない。
こうも何もないと高見の見物もつまらなくなって来るもので…

『なーんか、これといって動きがありませんね』
「当然だろう。
幾ら猟犬を一匹潰したとはいえ彼らの不利に変わりはないからね」
『でもここまで何も無いと見にきた意味がないですよ』

名無は頬杖をつきながら相変わらず下を見続ける。

その表情のつまらなそうな顔。

自分が思っていた以上に名無がこの狩りを愉しむつもりでいた事に槙島は驚きつつも笑みを浮かべてしまう。


「そんな事はないよ、この狩りには歴とした攻略方法がある」
『は?』
「そろそろ生き残る手段に気付く頃合いだろう」
『何をしたんですか?』
「直にわかるさ」


ピピピピッ


『!』

音の発信源を見ると狡噛からのコールのマークがリストバンドから上がっている

槙島の計らいでここにはジャミングがかけられている。
彼には連絡の手段一切がない筈。
なのにこれは一体どういう事なのだろうか。

「どうやら見つけたらしいね」
『…これってワンサイドゲームじゃないんですか?』
「まさか。僕が興味があるのは
この状況にいる全ての人間だ」
『あなたって人は…』

(なんて食えない奴)

槙島がどういう人か、理解して接しているつもりだったが…
どうやらこの人の前では全ての人間は玩具に成り下がってしまう。

『相変わらず人を堕とすことがお得意で』
「フッ…褒め言葉として受け取っておくよ」







(同じ狩場を眺める二つの眼)
(興味の矛先は二分割)

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