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「今…今、人がいた!」
「あぁ、これでゲームの趣旨が見えた。
奴ら狐狩りを楽しむ気だ」

ゆきの無防備な行動により猟犬ドローンに嗅ぎつけられた狡噛達は、泉宮寺からの攻撃をギリギリ避けて物陰に隠れる。
後ろから銃声が聞こえてくるがかまってはいられなかった。

物陰の間を上手い具合にすり抜けた狡噛とゆきは溝に飛び降りる。

そこで慌てるゆきにたった今理解したこの状況を説明する。

つまりドローンは猟犬役。
自分たちは怯えた獲物といったところだろう。
逃げ惑う獲物をプレイヤーが仕留める。
それが今回の狩りの目的である。

「そ、そんな…」
「慌てるな、怖がるな。
落ち着いて慎重に逃げ道を探すんだ。焦れば焦るほど敵の思う壷だ。」
「……」
「さっき拾ったバックは?」

狡噛がそう問いかけるとゆきは青いバックを手渡す。

中には手のひらサイズの電子機器。

「何これ?」
「携帯トランスポンダだな。
このタイプなら多分、電波妨害の中でも通信できる」
「助けが呼べるの?」

ゆきは希望を見つけたかの瞳を煌めかせるが、次の瞬間には狡噛の言葉により、その輝きは失われる。

「残念ながら、バッテリーとアンテナ素子がない」

そう呟くと同時にゆきの肩を掴む狡噛。
そのあまりの突然の行動にゆきには一瞬にして緊張がはしる。

「も、もう追いつかれてる」

狡噛の視線の先に目をやると、そこにはあたりを見回しながらゆっくりと歩く猟犬ドローン。

「奴らの注意をそらす。
あんたはここに隠れてろ。」
「ど、どうするつもり?」
「猟犬が二匹じゃ勝ち目はない。せめて片方だけでも潰さないと、このままが混まれてお終いだ」







『この辺ですかね?』

そう名無が呟くが返事はない。
聞こえるのはほんの少し周りにエコーして返ってくる自分の声だけ。
それ程までにこの空間は密閉されているのだ。

『マップによればもうすぐ槙島先生の場所なのにな』

ぐるりと辺りを見回すが薄暗い上に、景色にさして違いはない。
この中で場所を把握するとなると、流石の名無も一筋縄ではいかない。


ふと、頭痛がはしる。
瞬時にこめかみを抑え、眼を瞑り痛みの原因を探す。

『成る程、あと少しと言うところですか』

常日頃から名奈が身に付けていたリストバンドによる脳の縛りがなくなった名奈は、過去14年間の記憶の擬似体験をしているところだろう。

名奈が記憶を取り戻せないのには歴とした理由がある。
それは只の記憶の拒絶などという、幼稚な物ではない。
何者かによる記憶の制限。
空白の14年間に思い出されたくない記憶がある。

サイコパスの制限などという最もらしい理由を盾に名奈を縛る存在に名無は心当たりがないわけではなかった。
しかしその人物がこの件に異常なまでに固執を見せる理由までは知らなかった。


だが、それもここまで−−−。

『名奈、すべては君にかかってるんですよ』


好奇心に勝るものなどそうはないのだ。
自分の過去を知りたいと思わない人間が何処にいるだろう。
パンドラの箱が開く。
その時はすぐそこまで迫っているのだから。







「走れ!」

狡噛の鋭い一言にゆきはつられるように足を動かす。
物陰を上手く移動しながら、着々と敵から距離をとる。

「一台仕留めた、それに…」

ほんの少し嬉しげにする狡噛にゆきも希望を取り戻す。

「あとはアンテナだ」






一方事態があまり芳しくない方へ傾き始めているのに気付いたのか、泉宮寺にも先程までの余裕は消え失せていた。

「槙島くん、今回のゲームについて、さては何か私の知らない趣向まで組み込んでいるのかね?」

思わずそう問いかける泉宮寺に、槙島はインカム越しに笑う。

「人は恐怖と対面したとき自らの魂を試される。
何を求め、何を成すべくして生まれてきたのか、その本性が明らかになる」
「私をからかっているのかね?」
「あの狡噛という男だけではない、僕は貴女にも興味はありますよ、泉宮寺さん。
不測の事態、予期せぬ展開を前にして貴女もまた本当の自分と直面することになるでしょう、
そんなスリルと興奮を、貴方は求めていたはずだ」
「……君のそういう人を食ったところは嫌いではないよ」

その一言を槙島は小さく鼻で笑って流す。



カツッと後ろで靴のなる音が聞こえる。
それを耳にした槙島は振り向かずに、そこに居るであろう人物に声をかける。

「やぁ、君と会うのは久し振りだね。名無」
『お久しぶりです、槙島先生』









(滲む世界)
(痛みは際限なく降り注ぐ)

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