code 35
「お目覚めですか、姫さん?」
『…ここは?』
「泉宮寺さん、分かります?
その人の家ですよ」
『あぁ、全身サイボーグの』
名無は暫く辺りを見回しながらチェ・グソンと会話をする。
目が覚めた時にまったく知らない所にいれば誰だって混乱する。
それは名無にも例外ではなかった。
徐にベットから足を降ろし歩き回る名無。
『無断で使って大丈夫なんですか?』
「一応旦那が許可とってくれてますよ、それに…」
『?』
「生きて帰ってくるか分からないんでね」
意味深な台詞を言うグソンに名無は口角をあげる。
彼の一言でだいたいの事は把握できた。
また、槙島お得意の人試しが始まったのだと。
湧き上がる高揚感で緩む頬をそのままに名無は部屋を横切り、出口へと向かう。
「行くんですか?」
『はい、先生への挨拶がてら』
「あとでマップ送っておきます。」
グソンの言葉は聞こえていたのか…
返事の代わりにガチャリという扉の閉まる無機質な音が部屋に響く。
一人になった部屋でグソンは静かに笑い声を零す。
部屋を出て行く時の名無のあの顔。
槙島から聞いていた雰囲気とは大分違ったが、あれも恐らく彼女なのだろう。
「旦那もまた面白いものを隠し持ってたもんだ」
* * *
「ここまでは予定通り。向こうも飲み込みが早いようだ。獲物が賢いほど狩りも楽しくなる」
隣の男が嬉しそうに、これから始まる狩りに士気を高めているのを聞きながら槙島は双眼鏡で下を覗く。
暗視機能つきのそれは覗くと視界が緑で覆われるが、しっかりと今回の獲物である狡噛慎也を捉えてくれる。
「いいですね、客席からも観戦しがいのあるゲームになりそうだ」
「君もたまには狩りに参加してみてはどうかね?」
「僕はここで起こる出来事そのものに興味があるので。第三者の視点で観察するのが一番です」
そう言って槙島は薄っすらと笑みを浮かべる。
すると、そんな槙島を見て何かを思い出したのか、泉宮寺は仕度の手を止めて話しかける。
「そういえば、例のオモチャとやらはいつ頃来るのかね?」
オモチャ、と言う言葉に反応した槙島は双眼鏡を下ろしその顔から笑みを消す。
その様子はまるで触れるなとでも言いたげで。
「何故ですか?」
「いやね、君がえらく愉しみげにしていたから気になってはいたんだよ」
「…直に来ますよ。
ただ病み上がりのようなものだ、この狩りには参加させませんよ」
槙島の下がりきってしまった声のトーンに泉宮寺は苦笑いするしかなかった。
「君もなかなかに執着心が強いな」
「……」
返事の返ってこない槙島を一瞥し泉宮寺は狩場へと足を向ける。
そうして槙島から少し距離の出来た所で、彼に聞こえぬよう小さな声で呟く。
「それとも独占欲かな」
去って行った泉宮寺の背中を槙島は見つめた後、もう一度下を覗く。
この場所が泉宮寺にとって狩場になるか、戦場になるか。
狡噛慎也相手では彼も悠々と構えてはいられないはず。
「例のオモチャとやらはいつ頃来るのかね」握っていた手摺が槙島の握力で軋む。
「あの程度の男にオモチャ扱いは君も腹が立たないかい、名奈?」
(知ってた?)
(月って太陽なしには生きれないんだよ)
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[mokuji]
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