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「自分の色相はちゃんと管理できています!いくら先輩とはいえ、職場で、執行官たちの目の前で、私の能力に疑問符をつける発言は慎んでいただきたい!」

扉が開いたと同時に聞こえた朱の怒鳴り声。

名奈は思わず扉の側で瞠目する。
彼女が犯人に対して憤りを見せることがあるのは知っていたが仲間に対してそういった態度を取るのを見るのは初めてで。

「………」

暫く睨み合ったのち宜野座の方が先に朱から目を逸らしフロアから去って行く。

状況がいまいち把握しきれず名奈は胸元で手を握り合わせる。
ただ感じるのはこの空気が非情に良くないということだけ。

「あんな言い方…」

すると朱が肩を震わせながら何かを呟く。
そうして怒り心頭といった表情で足早に何処かへ行ってしまった。

一気に静かになるフロア


『えっと、何かあったんですか?』


思いきって声をかけてみると予想だにしていなかったのか名奈の声に一斉に全員が振り返る。
しかし名奈もそこまで驚かれる事は予想してなかった為に皆の反応に思わずたじろぐ。

すると−−−


「ハハハハハッ」
『!』

突然場違いな笑い声が響く。

『か、縢くん?』

そこには目に薄っすらと涙を溜めながら大笑いをしている縢の姿。
さっきの状況の何が一体そんなに可笑しかったのか、事情を知らない名奈はますます戸惑う。

「あー可笑し」
「縢、」
「ゴメンって、クニちゃん」

涙を拭いながら六合塚の注意を軽く流す縢。
それでも笑いが収まらないのか僅かに肩を揺らしている。

「だってさギノさんのあの顔、笑いもんでしょ」
『何があったんですか?』
「朱ちゃんの最後の言葉聞いた?ホントいい性格してるよね」
『……』
「朱ちゃんにとっては犯罪を解決する事のほうが、自分のサイコパスを守るより大事らしいよ

−−ホント知らないって罪だよね。」

縢にしては珍しく、朱を嘲笑うかのような表情に名奈は思わず目を逸らす。

確かに、宜野座の前で己のサイコパスを蔑ろにする様な発言は、この一係ではご法度である。
ましてそれが監視官であるのなら尚の事。

思わず逡巡する名奈の肩に征陸の手が置かれる。

『征陸さん』
「驚かせてすまないな、名奈ちゃんは気にするこたぁない」
『でも…』
「くだらない事だ、気にするだけ無駄さ」

そう言って去っで行く征陸の背中を名奈は静かに見詰める。

大きくて風格のある背中。
しかし今は丸まって少し小さく見える。
あの背中を小さく見せているだろう、その重石がどれほどのものなのか…
名奈には想像もつかなかった。

『私、ちょっと宜野座さんの様子見に行って−−』
「辞めときなよ」
『!』
「行ったって無駄だって分かってるでしょ」

縢の冷たく突き放すような声が名奈の胸に刺さる。
図星を付かれ名奈は何も言い返せず下を向くしかなかった。




pipipipi−−


「「「?」」」

重かった空気を割くように何かの電子音がなる。
その発信源が自分だと気付き名奈は慌ててそれを取り出す。

『?』

ー非通知ー

そう画面に浮かび上がる文字に名奈は首を傾げる。
着信先の番号にも見覚えはない。
取り敢えず他の人達に断りを入れた名奈は刑事課フロアをでる。

(誰だろう?)

ゆったりと歩を進めながら会話ボタンを押す。

『もしもし』

そう喋り待ってみるが一向に携帯の向こう側からは物音一つしない。
間違い電話か、イタズラかと思い電話を切ろうと耳元から外す。すると−−ー

「良かった、繋がったね」

優しげな男の声が耳に入ってくる。
途端名奈の背中にゾワリとした感覚がはしり、思わず歩を止める。

見知らぬ相手であるのもあった、しかしそれ以上に男の声からは底しれない何かを感じた。
たった一言、それだけが名奈の喉を締めて声を出せなくさせていた。

『あの…』
「ん、何かな?」
『貴方は一体…誰なんですか?』
「僕かい?僕は槙島聖護」
『なっ!槙島…』
「僕は君に用があって電話をしたんだよ。#ne#」
『!』
「僕は君を知っている。
……14年以上前からね」

携帯から聞こえてきた男の言葉に名奈は目を見開く。
本人すら知り得ない過去をどうして見ず知らずの男が知っているのか。
何で、どうして、そんな疑問ばかりが頭を駆け巡り正常な判断が出来ない。
麻痺してしまったかの様に、脳の制御が出来ない。

「知りたいとは思わないかい?己の身に何が起きていたのか。
僕には君を縛る枷を外す手段がある」
『…っ』
「いつまでも纏足を付けれた状態は、もう嫌だろう?」
『あなたは…』
「今僕は公案局の地下駐車場に居る。君にその気があるなら来るといい」


一方的に切られた電話。
それと同時に名奈の体も崩れ落ちる。

『どうしよう…』

震える身体から零れ落ちる呟きはやはり震えていて、どうしようもない葛藤が全身を支配する。

真実を知りたい。
何故記憶をなくしたのか、なくなった14年間自分は如何にして過ごしてきたのか。
しかし、それを知る相手は槙島聖護。
現時点で最大の敵といえる。
そんな男に着いて行くのは一係のみんなへの裏切り、罪でしかない。

だが−−−−


「いつまでも纏足を付けられた状態は、もう嫌だろう?」

槙島の言葉が名奈の脳裏を過る。

『うっ…』

ジワジワと言葉が心の中に染み込んでくる。
躍起になって止めようと藻掻くが、それはまるで水のように指の間をすり抜け雫となって垂れてくる。

その雫が染み込むたび頭痛が酷くなる。
ついに耐えられなくなった名奈は静かにその場に倒れ込む。
薄れる意識の中で彼の名前を呼ぶ。

『狡噛さん』










その日雨宮名奈は公案局から姿を消した。





(知るも罪、知らぬも罪)
(ならばココロの赴くままに)

*補足
この後、名無が目を覚まし槙島の所へ行きました

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