code 32
「明日常守監視官と雑賀教授に会いに行ってくる」
突然の狡噛からの言葉に名奈は思わず後ろを振り向く。
お互い宿直ではなく暇だったという理由から久し振りに名奈の部屋でのんびりとしていた二人。
殺伐とした中で仕事をこなす身として普段気が弛めない分、こうして時間が取れた時は出来る限りお互いがお互いの側に在ろうする。
狡噛の足の間に座り彼の胸に背中を預ける名奈とそんな名奈を後ろから抱きしめる狡噛。
温もりを共有するこの態勢もいつものことである。
『雑賀教授ですか、久し振りに聞く名前です』
「お前は四年前以来か」
『私もお会いしたかったです』
「残念だったな」
彼には四年前の事件後にかなり世話になった記憶がある。
あの時は記憶が混乱していて親身に様子を見てもらったのにちゃんと御礼を言ってなかった。
『御礼を言っておいてくれませんか?』
「あぁ、代弁しておく」
苦笑いをする名奈。
そんな名奈の頭を撫でながら狡噛はそっと微笑む。
『朱ちゃんは本当にいろいろなことに興味を持ちますね』
「時々冷やっとするがな」
『ふふっ』
狡噛の言葉に名奈が静かに笑う。
二人の喋り声以外に音が無いこの部屋。
小煩い電子音が鳴らない分、静かな声もお互いの息遣いもしっかりと耳に入ってくる。
(あれ、でも明日って…)
沈黙が部屋を満たしかけた時、名奈の頭をふとある考えが過る。
確か明日の非番は朱と狡噛だけだった筈だ。
つまり明日はプライベートとして雑賀の元を訪ねることになる
(二人で…)
前回の王陵の時のように仕事で二人きりになり行動するのとは少し訳がちがう。
そう考えると体の中、胸のあたりが急にぐるぐると変に渦巻いてくる。
(なんかまるでデートみたい)
名奈はよくよく考えて首をふるふると横に降った。
(狡噛さんも朱ちゃんもそんな浮ついた気持ちで先生の元を訪ねるんじゃないんだから、こんな事考えるのは失礼だよね。
…それに例えデートだったとしても私には何も言う権利はない訳で、)
「名奈」
『は、はい!』
「……どうした?」
すっかり自分の考えに没頭していて狡噛の存在を忘れていた。
まっすぐとこちらを見詰める瞳に名奈はたじろぐ。
しかし決して口を開くことは出来なかった。
(嫉妬してました、なんて言えない)
この状況をどうやって切り抜けるかを名奈は懸命に考える。
それでもこれといった言い訳も思い浮かばずとにかく離れようとした瞬間−−ー
『!!』
ヌメリとした感覚が耳元を這う
名奈は驚きのあまり悲鳴が声にならない。
『こ、狡噛さん…?』
「……」
ゾワゾワとする感覚が背中を這うのを耐えながら必死に狡噛に問いかける。
しかし狡噛は辞める素振りすらせず、ただ名奈の耳に舌を這わせ続ける。
耳の輪郭を撫でるかのようにゆっくりと動くそれ。
生暖かい温度と時折聞こえる息遣い。
いくつもの要素が重なってこの行為の艶めかしさを引き立てる
一体どうしてこの雰囲気になったのか見当のつかない名奈は身を固くする。
すると狡噛は少し口を離すと耳元で小さく囁く。
「先に無視したのはお前だ。
だから俺がお前の言葉を無視しても、なんら問題はないよな」
『−−−っ!』
そう一言囁いた狡噛はまた行為を再開する。
しかし声のトーンからして起こっている様子はない。
要は先程の返事を無視した理由を話せということなのだろう。
こうなってしまえば狡噛は意地でも自分に理由を吐かせようとするだろう。
そんなことを考えているうちに狡噛の行為はエスカレートしていく。
羞恥と意地という思考が頭の中を埋め尽くす。
しかしそんな葛藤も長くは続かず…
『朱ちゃんに嫉妬してました』
最後には羞恥が勝った。
思いきって発した本音だが返事がこないと不安になる。
そっと振り向いてみるとそこには驚いた顔をした狡噛がいた。
「…お前でも嫉妬するのか」
意外そうにそう言う彼に思わず合わせた顔を再度逸らす。
分かっているつもりではいる。
あくまでこれは狡噛のプライベートの話であって、自分が口を出すなんて間違っていると。
まして束縛するなどお門違いも甚だしいことなのだ。
名奈が眉間に皺を寄せ脚を抱え込んで縮こまっていると、狡噛の手がサラリと名奈の顎を掬いあげる。
ふわりと羽が触れるような優しさで掠めとられる唇。
「あくまで常守監視官の事は後輩として、おれと同じ轍を踏んで欲しくないんだ。
お前を不安にさせるようなことはしない。」
そう言って頬に手を這わす狡噛。
見つめ合う瞳からは偽りの心は感じられなくて、その動作の優しさに思わず涙腺が緩みそうになる。
『分かってます。』
「……」
『狡噛さんが優しいのはよく分かってます。だから信じてます』
「名奈」
『私、狡噛さんのそんな所好きですから』
そんなうれし涙を堪えるように笑う名奈。
狡噛はそんな表情を見て固まる
滅多に見れない彼の気の抜けた顔に名奈は瞠目しながらも彼の頬に手を伸ばす。
あと少しで触れそうな距離で、
その手は狡噛の手に掴まれる。
「お前に慰められるとはな」
『あ、すいません、つい…』
「殺し文句だろ、それ」
覆い被さる狡噛の笑みにはいつもの静かさが浮かんでいる。
一見状況は落ち着いた様に思えたが、態勢が態勢なため名奈の頭の中は落ち着いていなかった。
『あの、狡噛さん?』
完全に逃げ場がなくなり、焦るしかない名奈は狡噛にとって恰好の的だった。
『まだ夕方ですよ!!』
「たまには明るい時間からしたって罰は当たらないだろう」
『///////』
「まぁ明日起きれる程度にしとくから任せておけ」
その言葉を皮切りに服の中に侵入してくる狡噛の手。
それに本気で抵抗出来ない自分も大概、狡噛に惚れているのだと実感した名奈は静かに目を閉じた。
(ピンクスター・グリッター)
(花言葉は”信じあう心”)
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