code 19

『先生!』
 
その叫び声ともに扉が勢いよく開かれる。
 
部屋の中で読書をしていた男はいきなりの乱入者にも静かに対応する。
そっと本から上げられた視線が名奈を捉える。
 
「珍しいね、君がそんなに慌てて来るなんて」
『...…』
「何があったのか話してご覧」
立ち上がり名奈の側まできた男はそのまま髪を幾度か撫でる。その冷静で落ち着いた対応に頭を冷やした名奈は思わず下を向く。
 
自分がとんだ子供じみた理由で彼の部屋を訪ねて来たことに今更ながら周知を覚えたのだ。
 
「名奈」
『...…』
 
そんな名奈の気持ちを察しているのか優しげな声で理由を問い続ける男
 
腹を括った名奈はそっと口を開く。
 
『怖い夢を見たんです』

すると男は意外だったのか目を見開く。
暫くするとクスクスと笑い始める
笑われることは覚悟していたが実際そういう反応をされると恥ずかしくなり名奈は男の胸に顔を埋める


「珍しいね、君がそんなことを言うなんて」
『////////』
「大丈夫だよ」


男は流れるような口調で話しながら名奈の頬を撫でる
 
「所詮死人は過去の存在でしかないからね、生きている人間に比べたら優しいものだ」
「ただ僕らがそうやって幽霊に怯えるのは生きているからだ。恐怖も狂気も生きているからこそ味わえる。そうして故人を畏れ忘れずに生きることは人生の意味になる」
 
すらすらと紡がれる言葉は何ら違和感なく名奈に染み込んでくる。

「誰かを思うということ事態が生きている証になるからね」
 
 
まるで御伽噺でも聞かされているような、染み込んできた言葉がまるで熱を持つかのように体を蝕む。
 
この人が言葉を魔法のように扱うのが得意なのだと知っている

分かっていてもかかってしまうのは彼の生まれながらの素質故か
 
 
「名奈?」
『!』
「僕の話聞いてた?」

気付くと視界いっぱいに広がっている男の顔
突然のことに名奈は思わずどもってしまう。
 
『え、あ、う、あの...』
「聞いてなかったんだね」
『すいません。途中まではちゃんと』
「いいよ」
 
そう言って男は名奈の手を取り何処かへ引っ張って行く。
暫くして行き着いた先は寝室
 
そのまま名奈をベッドに寝かせると男はその端に腰掛ける。
 
『えっと...』
「少し疲れてるんだろう。精神が弱ったときは何かに頼りたくなるものだ」
『どういうことですか?』
「君が夢の中で幽霊を見たのはそれが原因じゃないかと思って」
 
柔らかく髪を梳きながら男は名奈を寝かしつけるように囁く
 
 
「大丈夫、君が眠っても側にいるから」
 
 
その一言が呪文のように名奈の意識を微睡ませる。
 
 
 
だから確証はなかった。
 
 
「最も君が見たのが幽霊とは限らないんだけどね」
 
 
彼の声が妖しい冷たさを含んだものに変わっていたかどうかは…



* * *



「雨宮!」
『っ!』

突然体を揺らされ目が覚める。
寝ぼけ眼で辺りを見回すと見慣れたフロアの景色が目に入る

いつの間にか寝てしまったのだと把握した名奈は思わず頭を抱える。

(何やってんだろう)

職務中に居眠りなど以ての外
幾ら事件が起きてないとはいえ余りの気の抜けように落胆せざるを得ない

「おい?」
『あ、宜野座さん』
「まったく、上司の前で堂々と居眠りとはお前らしくもない」
『うっ……すいません』

宜野座からの辛辣なフォローが胸に刺さる。
改めて自分のだらしなさを反省していると宜野座から声がかかる。

「大丈夫なのか?」
『 何がですか?』
「…魘されていた」

こちらを射抜くように見つめる視線。
名奈はその鋭い視線を受けて何処か懐かしい感覚に見舞われた

何故だろうと考えたら答えは案外はやく見つかった。


『平気です。ご心配おかけしました』


こうしてまともに会話をするのは酷く久し振りな事なのだ。

狡噛が執行官になったあの時、とてもショックを受けていた宜野座を見て思わず自分から視線を反らしたことは記憶に新しい。

「心配などしていない。ただ側で魘されているのを見ていて気分が悪くなっただけだ」
『! そうですよね、それじゃあご迷惑おかけしました』

名奈が礼を言うと宜野座はハッとした顔をしてそのまま視線を反らす。


二人以外誰も居ないフロアはやけに静かで、沈黙を助長する。


お互い沈黙を守り通しているといきなり宜野座が立ち上がる。
そのまま歩いて行きフロアの入り口で立ち止まると此方を振り返り一言告げる。

「手伝え。」
『え…』
「これから八王子のドローン事件の犯人の金原の取り調べに行く。それを手伝えと言っているんだ」
『あ…はい、わかりました』

急いで必要最低限の物を掻き集めて手に取る。
先を歩き始めている宜野座の後を追いかける。

『ありがとうございます宜野座さん』
「…なんだいきなり」
『言いたくなったので言ってみました。』

監視官として執行官と一線を引くことを徹底している宜野座。
それでも先程からの彼の行動は照れ隠しも含め全て自分を気に掛けての事だと感じた。

(自惚れなのかもしれない)

本人にこんな事を言えばふざけるなと一蹴されるだろう。
だから直接言葉にはしない。
彼との距離はこの程度で充分なのだから…



(ピリオドスケープ)
(愛しくそこにあり続けるもの)

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