code 57

「…    っ」

身体が小さく前後する感覚にゆっくりと名奈の意識は浮上する。

「名奈」

明確に聞こえた声に薄っすらと目を開く。
はらりと視界に降ってきた白を捉えるように手を伸ばせば、逆に温かい手に包みかえされる。

『…先生』
「おはよう、随分と遅くまで起きてたのか」

辺りに散乱してる本を見回しながら、手を握っているのとは逆の手で頭を緩く撫でられる。
何故か久しいと思う感覚に揺られながらぼんやりと槙島を見つめる。

『先生の手、温かい』

思ってたよりずっと、そう心なかで付け加えてその温度を享受する。
槙島もそう言って擦り寄るように頭を寄せる名奈に小さく笑みをこぼす。
人間は肌が触れ合ったところから感覚を分け合うとは、稀に言うがそれも強ち間違ってはいない気がする。
きっと今は槙島も自分も、どこまでも穏やかな心でいると思う。

例えそれが、嵐の前の最後の静けさであったとしても。

「よくここが分かったね」
『先生が今までどんな行動をしてきたか、それを鑑みて考えれば、今の私なら何となくは。皮肉ではありますけど』
「……」
『全部知ってるんですよね、気味悪いですか?』

ほんの少し縋るように小さく手を握りかえせば頭を撫でていた手が頬へと降りてくる。

「意思に基づいた行動のみが価値を持つ、というのが僕の持論でね」
『……』
「今の雨宮名奈を不気味に思う謂われはないよ」

前髪の上から口づけが落とされる。

「約束だ、最後まで君の側にいよう」

握られていた手が解かれ、再度絡めるように繋ぎ直される。
その言葉に思わず槙島の胸の中で小さく息を詰まらせた名奈は込み上げてくる感情を咬み殺すように顔を俯いた。




* * *




縢の一係による捜査はうち切り、二係に移譲され代わりに一係は槙島の追跡をする。
そして自分だけの公安局内での待機という命令、しかも局長直々である。
いつもの通り冷静に義務的な話し方の宜野座に狡噛は以前のような衝動的な怒りは感じなかった。

「なぁ…。局長命令で俺を外せなんて妙な話だと思わないか?」
「お前の勤務態度があまりに感情的で軽率
だからだ」
「それだけの理由で只でさえ足りない人員を更に削る?あり得んだろ。何よりも重要なのは槙島の安全で、捕まえるのは二の次ってことだ。そいつはもう逮捕とは言わない、身柄の保護とでも言い直すべきだろう」

そう言えば宜野座は言葉を詰まらせて視線を小さく下に落とす。
局長の言っていることがおかしいという事は分かっていると感じた。

「おかしいのはそれだけじゃない。執行官の逃亡は原則見つけ次第、即時処分だ。実際、縢にもそれが適用される。なのに何故名奈だけ例外になる。あの日あいつが分析室にいた時局長は何をしていた」
「……」
「上の連中は、槙島も名奈も裁くつもりがない。もし仮に俺たちが二人を捕まえてきても局長は何か別の目的に利用しようとしてる…違うか?」
「何を根拠に?」
「奴が俺にかけてきた電話を聞いただろう。シビュラシステムの正体、あいつはそう言っていた。槙島は俺たちが知らない内幕まで辿りついていたんだ」
「ただのブラフだ、犯罪者の言葉を真に受けてどうする」

吸いこんだ煙を吐きだしながら狡噛は考える。
誰か、公安局内に別の思惑で槙島と名奈を手にしようとする何かがあると。

「シビュラシステムさえ意のままに操っている何者かと、槙島は交渉したんだ。そいつは結局槙島に出し抜かれ、それで怒るどころか、ますます槙島に執着するようになった」
「...シビュラはあらゆる機関から独立不干渉を保証されたシステムだ。そんな権限は誰にも与えられてない」
「それが事実なのかどうか、おそらく槙島は知っている。身柄の運搬に護送車ではなく航空機、しかも同乗していたのはドローンのみ。何もかもが異常だ。そもそも現場から運び出された遺体は誰だ?記録からは消去されているが俺たちはハッキリ見たぞ」
「誰だって納得しちゃいないよ、コウ」

やれやれといった様子で征陸はゆっくり椅子に腰掛けながら口を開く。

「機密区分だ、監視官だって答えは知るまい。お前は問いただす相手を間違えてる」

それは狡噛にとっても分かりきったことだった。
それでも誰かに問いたださずにはいられなかった、例え怒りを感じずともやりきれなさは身を焦がすよう内を這い上がってくる。
それもそうか、と一言呟いて狡噛は静かにフロアをあとにした。






(誰かみているか)
(内輪に転がる茶番劇を)



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