code 52

記憶は重要だと槙島は思っている。
経験や体験といったものは現在の自身の行動の判断基準であり、それからの行動への指針になる。
それが不足しているということは行動や判断の一貫性に揺らぎが出るということである。

今の名奈と名無はそれに似た状態にあると感じていた。
一つの体に二つの意思が存在していて、今まで何の不和もなく過ごしていた二人の間に齟齬が生まれている。
しかし皮肉なことにその齟齬が生まれるのは同じ一つの目的、"雨宮名奈のため"ただそれだけである。
名奈は自分が何者か、どういう行いをしたいか、自分自身のため。
名無は別の人格である名奈を傷つけたくないため。
二人が二人同じ目的のために違う手段を用いている、おかしな話である。
片方は自ら騒乱の渦に入ろうと、人殺しまでした。
もう片方は守りたいもののために人殺しをしてきて、傍観に徹しようとしていた。

「一人の人間でさえ自身の内を統治できないのに機会如きに、」

そこまで言って思い直すように槙島は口を閉じた。
今は考えていたことはそんなことではなかったと、閑話休題である。

「なら、そのずれの原因ともいえる過去の記憶を取り戻してみたら?」

どこか焦った様子で答えを探す名奈も蹈鞴を踏んでいる名無も何か変わるのでは。
そう思い至った結果、槙島はあえて名奈をこのノナタワー最上階に連れてこなかった。
人の魂の輝きがみたい、それは名奈に対しても同じである。
そしてこれからここに上ってくるであろう人物にも。


「お前は狡噛慎也だ」
「...お前は槙島聖護だ」




* * *




『これで狡噛さん達には伝わる』

音声ファイルが入力されたメモリーカードを無理やり割って開けた公安局の車へ投げ入れる。
ようやく思い出した過去はとても一人で持っていてはいけない事実だった。
出来れば自分の口から直接話すのが望ましかったが、それをやらせてくれるほど"彼ら"が甘くないことが今なら分かる。
自分自身を知れて静かに高揚する気分の中、どこかで冷静の今後の対処を組み立てている自分がいるのを感じる。

『ごめんね、名無。やっぱり私はこうする以外ないよ』

小さな声で自分の胸へと謝る。返事はない。

『おかしいよね、これが普通な筈なのにもの凄く孤独に感じる』

それでも、と震えそうになる手を力強く握りしめ前を向く。
カカシのように倒れているドローンの横を通り抜けエントランスの中央に立つ。
上へ向かうエレベーターと地下に向かう入口、その両方を見つめて一度目を瞑る。
そうして名奈は足を進めた。






(もう止まらない)

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