ごとんと音を立ててテーブルに下ろされたのは、三段重ねのホーロー容器。
「ありがと、ロキ」
「これくらいお安いご用さ」
二人並んでやってきたというのに、今日はヒュウヒュウという黄色い声が少ない。
理由は、横に積まれた容器のせいだった。
シール蓋を外せば、中には白いトリュフがぎっしりと、甘い香りを宙にばらまく。
すると、香りの届いたそこかしこから、窺うような声が聞こえてきた。
――まさか。なあなあ。あれってよぅ。
「皆に作ったの。バレンタインおめでと」
語尾をウィンクで締めくくれば、歓声と足音が押し寄せて呑まれそうになる。
「きゃっ……!?」
ロキに抱き上げられ、ひょいひょいと波を避け――カウンターに逃れたところで振り返るが、容器はもう見えなかった。せめて一つくらいは無事に返ってきてほしい。
「……て・てか早く下ろして」
「えー、残念。バレンタインなのに、王子様にキスもなしなの?」
「さっきチョコあげたでしょ……って近いったら! かかからかわないの!」
つれないなぁと眉を下げつつも、無理強いはしない。ルーシィにとっては殺人的な至近距離から解放されて一息ついていると、
「よぅ。つーかすげぇ人気だな」
「んっふふ、まぁねー……って服は?」
自画自賛の出鼻を挫くグレイの姿にげんなりとするが、こほんと息を整え、手提げの紙袋から可愛い小袋を差し出した。
「お。サンキュ」
「なぁにその反応。少しくらい照れてよ」
「義理チョコに照れてどーすんだよ」
「本命かも知れないじゃない」
「だったら、そんな普通の顔で渡せるとは思えねーけど。特にお前の場合」
コーヒーを注文したロキの声にオレもと重ねて、ルーシィを挟んで三人が並ぶ。
「ルーシィ、本命にはあげないの?」
「ほ・本命なんていませんってば……!」
三杯分の豆を挽く看板娘の質問に、背後で聞き耳を立てる気配がした。
何らかの返事をするまで消えそうにない。
「……ほ・本命は黒いチョコなのっ。だだ誰にあげたかは、絶対秘密なんだから!」
ミラジェーンにと言うより、ざわつく数多の耳に対してそう答える。
――黒だ。黒。本命はクロ!
ルーシィの本命を巡って再び騒がしくなった酒場を見下ろして、ナツははあと溜息を吐いた。頭を掻きかき、階段へと向かう。
(アホだなー、皆……)
本命用の、黒いチョコレート。
そんなものが一つもないことを、前夜に部屋を訪れたナツは知っていた。
『おー、すげ。手作りか』
『ほほ本命なんていないんだからねっ!?』
『……いあ、聞いてねーし』
『あい』
『コラ、数が合わなくなるでしょ! 明日ちゃんとあげるから摘み食いしないで!』
シロだクロだと騒ふ男共を眺めながら、ぺたんこのサンダルを一段ずつ階下へ――否ルーシィの元へと引き下ろす。
「ルーシィ、オレにもくれよ。約束だろ」
「……はいはい、わかってるわよ」
紙袋から取り出されたラッピングは、両隣にいる二人の色違いだ。
(ホントは……ちょっと欲しかったのに)
(……ルーシィの、黒いのが)
幻想を手の中の白いチョコレートに重ねながら、赤いリボンを解く。酒場に充満したのと同じ、甘い匂いが漂った。
――ナツもシロかよ! クロはどこだ!?
ナツもシロ。ぐさりと胸に刺さったのを誤魔化すように、トリュフを口に放り込む。
「ぐ……っ?」
一口咀嚼した途端、ぎょっと目を見開いて固まった表情に、隣のグレイと向かいにいたミラジェーンがぎょっとした。
「ど・どうしたの、ナツ?」
「あ……、いや、な・何でもねぇ……」
無言で自分の白トリュフを見つめ始めた黒髪にルーシィのチョップが刺さったりしたが――ナツは俯き気味に口を押さえ、溶け始めた残りを噛み砕くのに忙しい。
(……マジかよ……)
確かに見た目はシロだった。なのに溶け出てきたのは、ほろ苦いビターチョコ。
『本命は黒いチョコなのっ』
『ほほ本命なんていないんだからねっ!?』
――嘘吐き。嘘吐き。ルーシィの嘘吐き。
これが俗に言う女心なるものだとして、ならば振り回された男心はどうしてくれる。
(……くそっ……!)
すっかり騙されたお陰で、口の中にも胸の中にも、まだまだ苦味が残っている。
だが――口直しは後回し。
「……どした、ナツ?」
「いあ、何も……」
クロかシロか、騒ぎはまだ続いている。
ナツはマフラーを引っ張り上げて、緩む口元と赤らむ耳を必死に隠した。
***
ゆーく様のAbsurd LoversよりしっかりちゃっかりがっつりSt.Valentine`s Day日本ver.を頂戴して参りました。
読みながら悶えたのはもう言うまでもありません。
もう、何と言いますか……爆雷のオンパレードでした。
ロキは無理強いしないんです。だからロキ好き。
そして、「特にお前の場合」の行でにやけた口元が戻らなく、策士家ルーシィにヤられて、ナツの男心に悶えた感情が溢れ出しました。
ゆーくさまっ!
幸せどころじゃ納まらない程のバレンタインをありがとうございました!!
[戻る]