「事故なんだからっ!」

ルーシィは首元まで真っ赤に染め上げて喚く。
その瞳には涙が零れそうなほど溢れていて、なんとも悪いことをしたような気分になった。
たじろきながらも何か言おうと口を開くが、容赦なくキッ、と睨みあげられて言葉に詰まる。

「今のは事故なんだからね!!」

もう一度、そう叫ぶルーシィに溜息ひとつ。

「わぁったよ」

漸くそう答えた。
いつものようにギルドへやってくると、いつもの席にルーシィが座っているのが見えた。
短く挨拶をしながら近寄るが返事がなく、隣に座って覗き込むと、うとうとと眠気に襲われているルーシィがふわり、ふわりと頭を揺らしていた。

「眠ってんのか」

一人呟いて、じぃ、とその顔を眺める。
いつも大きく輝いている琥珀色の瞳が今は閉じられていて、その表情はなにも映していない。

「ルーシィって眠ってる時は静かだね」

ハッピーが当たり前のことをさも今発見したかのように漏らす。
あぁ、と曖昧に答えながら漂ってくる香りに、くん、と鼻を鳴らした。

(甘ぇ…―――)

どこから発せられているのか、ルーシィを眺めながら匂いの元を辿る。
こくり、と頭がまた揺れた。
微かに開いてしっとりと濡れている唇に目が奪われる。

(甘ぇ匂いがする…ルーシィからか)

す、と手を上げてその指で唇をなぞってみた。

「ナツ、何やってるの?」
「んぁ?…なんか美味そうだなと思って、」
「ルーシィは食べ物じゃないよ?」
「わかってんよ」

わかってる、そうわかってはいるが…―――

(なんで美味そうなんだ?)

考えるよりも先にその唇を舐めてみる。
次いで、塞ぐように口付けた。

「あ、」

相棒が目を丸くしてナツを凝視して声を上げた。

「……ん、」

ルーシィの瞳がゆっくりと開かれる。
そして、ナツの顔を至近距離に確認すると、大きく眼を見開いて叫んだ。

「〜〜〜っ…な、なにしてんのよーーーっ!!!」



―――それからルーシィはぎゃぁぎゃぁと喚いて大変だった。
ギルドの面々もその迫力には何も言わずにことの成行きを窺っているほどだ。
ふざけ様ものならば冷気すら感じられる冷たい視線が突き刺さる。

「わかったよ」

もう一度、ナツは答えた。
そんなに怒らなくてもいいじゃねぇか、と思いつつも怒鳴り続けられればさすがのナツも気分が沈んでくる。

「……まったくもう、なんでこんなこと…」

ルーシィは、ナツのその様子を反省していると感じたのか、すとん、と椅子に座るとくどくどと説教を始めた。
ナツはもう聞いてられたもんじゃない、とテーブルに突っ伏してやり過ごそうとする。

「ルーシィ」

ぴくり、とその声に反応するが、顔は上げない。

「ロキ」

ルーシィは背後からやってきたその星霊を認識すると、また勝手に、と説教の方向を変えた。

(忙しい奴だな…)

くどくどと自分に対しての説教が続かなくなったことには安堵の息が漏れるが、ロキと二人きりで会話しているのは、面白くない。
むす、と口を尖らしていると、くすり、と一部始終をみていたミラジェーンが悪戯な視線を投げかけてきた。
ふい、と顔を背けて無視するが、反対に聞きたくもない会話を耳が拾い始める。

「ファーストキスはナツのものになっちゃったの?」

ロキがやや残念そうにルーシィへと問いかけた。

「違うって言ってるでしょ!!」

治まりかけた怒りが甦ったのか、ぎろり、とロキを睨みつけるが、そんな視線には動じないロキ。
ふにゃり、と笑顔になると、ルーシィの腰に手を回す。

「そっかぁ、じゃぁまたこういうことがないように僕がルーシィの初めてを…」
「帰って頂戴」
「釣れないね。初めては僕に頂戴、ルーシィ」

まったく怯まないどころか終始笑顔で言ってのけると、その顎に手をかけた。

「あのね、」

呆れ半分でロキを見つめるルーシィ。

(なんだよ、俺の時はめちゃくちゃ怒った癖に…)

いら、と湧き出た感情が心を支配する。
ガタッ、と勢いよく立ち上がり、ロキの腕からルーシィを引き離して自分の胸に閉じ込めた。

「わっ…ちょっと、引っ張らないでよ」

呑気にナツを見上げて文句を言うルーシィに苛立ちが募る。

(なんでロキだと怒んねぇんだよ)

心の中で舌打ちをして悪態をつくが、言葉にしないそれが伝わることなどなく。

「俺がもらう」
「は?」
「ルーシィの初めては俺がもらうからロキにはやんねーよっ!」

真っ直ぐにロキを見てそう宣言するナツ。
ロキは、くすり、と目を細めただけだったが、代わりに腕の中のルーシィが頬を朱に染めて身体を震わせた。

「ち、ちょっと!何言ってんのよ」
「あぁ?」
「なに貰うって、あげるわけないでしょ!」
「じゃぁ誰にやんだよ」
「だ、誰にもあげないわよ!」
「本当か?」

鋭い眼で睨むようにルーシィを見つめると、ルーシィはう、と小さく呻いて視線を外す。

「ルーシィ、本当か?」

再び声を低くして確認するように訊ねた。

「い、いつかは…だれかに、その、あげるかもしれないけど…」

俯きながら小さくそう答えるルーシィの声は恐らくナツにしか聞こえなかっただろう。

「じゃぁ俺が貰う」

間髪入れずにナツはそう宣言すると、先ほどのロキのようにルーシィの顎に手をかける。

(いつか誰かにやるなら俺がもらう。他の奴になんかやれるか)

「もらうって…そ、それは奪うって言うんじゃないかしら」

ぐぐ、とナツの胸を押し返しながら抵抗するルーシィ。
奪う、という言葉にぴくり、と反応して、ナツは顎にかけた手を離した。
しかし、ほっ、とルーシィが安堵したのも束の間のこと。

「じゃぁ、ルーシィがくれ」
「は?」

早くしろよ、と促すと顔を真っ赤に染めたルーシィが言葉にならない声を発する。

「な、なんで、」
「いつかもなにもルーシィは俺とずっといんだから誰かって俺だろ」

何寝ぼけてんだ、と言えば、ルーシィは口をぱくぱくさせて眼を泳がせた。
おぉっ、とギルドが沸く。

「ほら、早くしろよ」

ロキに取られちまうだろ、と思いながら急かすがなかなかルーシィは動こうとしない。

「ルーシィ?」

首を傾げてその瞳を覗き込むと琥珀色の瞳が揺れただけだった。

「ふっ……く、」

くすくす、と遠慮がちに笑い声が隣から聞こえてくる。

「なんだよ」

ナツがロキを睨むと、ロキは顔を片手で押えながら尚も笑いを堪えている。

「ごめ、……ふ、ルーシィ、君の負けだよ」

くく、と笑いを噛み殺しながらその星霊は最愛の彼女を見つめた。

「素直にならなきゃね」

見透かしたように笑みを零すと、じゃぁ、僕は帰るよ、と光に消えていった。

「なんだぁ?」

意味がわからない、と頭を捻ると腕の中のルーシィがぴくり、と身体を震わせる。

「……ナツ」
「あ?」

ナツが振り向いた瞬間、ちゅ、と小さく音を鳴らしてその唇に口付けるルーシィ。
す、と離れて彼女が口にした言葉は、

「あたしはまだ負けてないんだからね」

色気とは程遠いものだった。
その後のギルドがお祭り騒ぎだったのは言うまでもない。


fin.
***
Absurd Lovers:ゆーく様へ相互記念として書かせて頂きました!

【ナツルーで"ルーシィからの"初めてのチュウ@公開執行編】結局ナツからちゅーも入れてしまった…。
これでも十分長いけれど、最初はこの倍の長さ作ってしまって、人様に捧げるのにこの長さはないだろ、と思い、別に一作書かせて頂きました。
ロキに抵抗しないのは、ロキは無理矢理ルーシィが嫌がることはしないというルーシィとの信頼関係のもとだったり。
ちなみに、ナツはこれで無自覚です。
伝わるか不安ですが…。
うあー、なんだかリクエストに叶っているのか不安でいっぱいですが、これがゆんのナツルーということで開き直ってみます!

ゆーくさまのみお持ち帰り可。
相互、本当にありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します^^*!


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