様子がおかしいことくらい、見ていればすぐにわかる。
ギルドに入ってきた時から、ずっと。
顔色が悪いようにも見えて、口数が少なくて。
仲間と戯れることもなくて、話しかけられることもなくて。
なによりもハッピーが寂しそうにしていることに、きっと気付いていないんだろう。
テーブルの上のグラスを飲み干すと、氷がカラリと小さく鳴った。
手元の本を閉じて、ルーシィは表紙を何度かトントンと叩く。
視線はずっと、顔ごと突っ伏しているナツへ向けて。
当の本人は気付く気配もなかったが、隣に座っていたハッピーが顔を上げた。
ひょこりと動いた耳はいつもよりも元気がなくて。
ルーシィは思わず嘆息した。
そうして、困ったような笑みを浮かべながら「おいでおいで」と青い仔猫へ手招きをする。
ハッピーは白い羽根をそっと出すと軽やかに飛んできて、甘えるようにルーシィの胸元へ擦り寄った。
ここ数日ずっと、言葉数の少ないナツ。
原因も理由も多分、ひとつ。
父親のような存在だったドラゴンが目の前からいなくなってしまった日だから。
どんなに明るく振舞っていたって、消えない過去は確かにある。
絶望と孤独を同時に味わって、たった独りで見た景色はどんなものだっただろう。
感じた風は、触れたものは、聴こえた言葉は…―――多分きっと、忘れられないものだったに違いない。
彷徨って、辿り着いた場所で温かい家族が出来ても、塗り替えられる想い出はない。
似たような寂しさを思い出しながらルーシィは腕の中のハッピーを撫でた。
不安げに見上げる様子はまるで子供の様で。
あやすように何度も頭を撫でては安心させるように抱き締める。
「まったく……重症ね」
「あい、家でも全然喋らないんだよ」
ルーシィは溜息を吐き出しながらも少し元気を取り戻したハッピーに安堵して。
伸びをしながらテーブルへ突っ伏した。
「これじゃぁまだしばらく仕事は行けないかしら」
「ナツは、きっとルーシィから誘って欲しいと思うな」
「そうかしら。最近ずっと機嫌悪そうだけど」
「ルーシィが誘わないからいじけてるんだよ」
珍しくからかうようなことも言わないでナツのフォローをするハッピーを横目で眺めながらルーシィはぼんやりと考えを巡らせる。
少し前までは買い物へ行くのにも付いてきていたナツ。
夜は勝手に部屋へ侵入して、散らかして、知らない間にベッドまで占拠していた。
いつまで、そうだったのだろう。
いつから、そうじゃなくなったんだろう。
―――偶々ひとりで仕事へ出掛けた日。
帰宅が遅くなって、ギルドへ戻った時には人も疎らで。
ナツやハッピー、グレイやエルザ達の姿も既になくて。
ミラジェーンへ手早く報告を済ませると早々に帰宅した日。
あの日は、部屋は散らかっていたのに肝心の犯人の姿はなくて。
いつものことだと気にも留めなかったが、次の日から今日までずっと、ナツがルーシィよりも先に部屋へ侵入していることはなかった。
否、部屋にいる時もやってくることがなかったかもしれない。
「…―――そうかなぁ」
側にいることが当り前で、同じ空間にいるだけで安心する。
ナツが離れていってしまうことなんて考えたことがなかった。
気にしようとも思っていなかったのかもしれない。
ぽつりと呟いたその声は曖昧な響きを帯びて、掻き消える。
「そうだよ!」
自信満々に答えるハッピーは何故か一生懸命で。
先程までの不安そうな表情はすっかり消えていた。
この時、ルーシィが思っていたナツの落ち込んでいる理由とハッピーの確信していた原因が異なっていることにはふたりとも気付いていなかったが、双方とも強ち間違っているわけでもなかった。
「誘っておいでよ!きっと元気になると思う」
「うーん……わかった。誘ってくるね」
「あい!」
故にハッピーの後押しはナツにとってもルーシィにとっても知らぬ間に広がった隙間を埋めることになる。
席を立ったルーシィは真っ直ぐにナツの元へ向かうが、彼は依然としてテーブルへ突っ伏したままだった。
眠っているようでもあり、不貞腐れているようでもある。
「ナツ」
「…………なんだよ」
声を掛けて数秒、沈黙の後に返ってきたのは不機嫌そうな声。
ルーシィは溜息一つ、元いた席を振り返るとナツを誘うよう見送ったハッピーの姿は既になかった。
心の中で小言を繰り返しながらルーシィは吸い込んだ息を止めてから一言。
「仕事、行こうよ」
瞬間、勢い良く上がった顔。
泣き出しそうで、びっくりしたような、そんな表情。
まるで留守番をしていた子供のような反応にルーシィは目を見開いて固まる。
次いで声を上げて笑うと安心したようににっこりと微笑んだ。
***
やっぱり一緒がいいよ。
2012.07.07.
七夕――と、ドラゴンが消えた運命の日。
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