掌から弾かれた様に乾いた音が響いた。
反射的に動いたその動作に理由なんて必要ない。
だって驚いたから。
ただそれだけ。
目の前には瞬きひとつしなかったナツ。
じっと見つめられて、まるで咎められているような気まずさを感じる。
「な、なにするのよ」
視線をふい、と逸らして小さく呟いた。
それでも尚、呆然とこちらを眺めるナツに自然と溢れ出る涙を堪えながら続ける。
「は、初めて…だったのに、ひどいよ」
微かに震えた声を誤魔化すように語尾を強調して、くるり、と背を向けた。
先ほど触れた感触を拭うように唇へ袖を押し当てる。
気付いたら啄ばむように舐められて。
認識した途端に思わず手が出て、涙が溢れた。
「な…なにも泣くことねぇだろ」
しばらくして掛けられた声には戸惑いと焦りが含まれていて。
何も考えていない上での行動だと思い知らされる。
「…泣いてなんかない」
精一杯の強がりをして、背を向けたまま窓を指した。
「帰ってよ」
帰って、と頬を伝う涙を拭いながら繰り返す。
(…ナツには大したことじゃないんだ)
気にしているのは自分だけ、そう思えば思うほど悔しさが込み上げてきて止まらない。
小さく啜り泣きながら時折肩が震える様子に、ナツは、ガシガシ、と頭を掻いて、溜息を呑み込む。
そして、一息置いてぐい、とその頭を引き寄せて胸に押えこんだ。
ルーシィは、懸命に離れようと暴れるが、力で敵うはずもなく心ばかりの抵抗にキッと睨みあげてくる。
「は、離しなさいよ!」
「嫌だ」
怒っているような不機嫌な声。
強まる腕の力。
口を尖らせていたかと思うと、次の瞬間に吐き出される長い溜息。
「何怒ってんだよ」
「……っナツの馬鹿!」
「馬鹿っていう方が馬鹿だ」
言葉とは裏腹にぎゅぅ、と摺り寄せてくる頭。
混じり合う桜色と金色の髪。
「あんま気にすんなよ」
禿げるぞ、と言い捨てられて怒鳴る気力がなくなった。
(…ナツ相手に怒って本当、馬鹿みたい)
本人が認識していないのならばノーカウントだ。
猫にされたのと同じ。
そう繰り返して、思わずくすり、と笑みを零す。
「お、機嫌直ったか?」
「ん…もういいよ」
安心したような笑顔。
苦笑しながらゆっくりと離れようと腕を伸ばすが、反対に強く胸に抱き込まれた。
「…ナツ?」
首を傾げて見上げれば、映ったのは先ほどまでの笑顔ではなくて。
「んー…もうちょっと、このまま」
こつん、と遠慮がちに合わさった額から体温が広がって、心地良い。
瞳を閉じて、言葉にならない想いを伝え合って。
そうやってナツはまた笑う。
fin.
***
初期『firstkiss』の書き直し。
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