「じゃぁ、明日ね!」

嬉しそうにルーシィが笑った。
その表情はナツがずっと見たかったもので、なんだか懐かしくて。
そんな些細なことで機嫌が良くなる。
隣ではハッピーがわざとらしく口許を押さえていて。
ミラジェーンはにこにこと笑っていた。
帰り支度をして席を立ったルーシィがことりとグラスを置く。

「あ、エルザとグレイにも伝えておいてくれる?」

そして、出入り口へ数歩、思い出したように振り向いた。
何気なく告げられたその言葉に思わず耳を疑って。
開いた口は紡ぎ出す言葉を瞬時に探し始める。

「な、なんであいつらも一緒なんだよ!」
「え?チームで行くんじゃないの?」
「―――っだ、だから、オレ達三人で……チーム、だろ!」
「そうだけど、折角だからみんなで行きましょうよ」

たどたどしく主張したそれは、不思議そうに首を傾げたルーシィの態度で呆気なく効力を失くして。
軽快な足取りでギルドを出ていく後ろ姿にナツは脱力した。

「なん、だよ……ルーシィの奴」

誘ったのはルーシィなのに。
てっきり三人で行くものだと思い込んでいたのに。
そう思っていたのは自分だけで、ひとりで浮かれて沈んで―――。
ナツはがしがしと乱暴に髪を掻きあげると不貞腐れるようにテーブルへ突っ伏す。
ぱたん、と小さく鳴った扉の音を見送って、小さな相棒は気の毒そうに首を振った。

***

一方、そんなふたりの様子には微塵も気付かないルーシィは鼻歌交じりに帰路を辿っていた。
途中、夕食の材料を買いに寄ったお店で頼まれ事をひとつ。
家の近所のお店へ届け物を渡して、伝言ひとつ。
街の外れにある古びた建物の前に一人、黒いスーツ姿の男が立っていた。

「あの…」

預かっていた紙切れを手に近付いて一言。
呼びかけた声に気付いて振り向いた男に悪寒が走る。
薄く笑みを浮かべた表情。
何者も映し出していないような虚ろな瞳。
静かに閉じられていた唇がゆっくりと動いた。

「あぁ、お待ちしていましたよ」

微笑んでいるはずなのに、醸し出す雰囲気は酷く冷たくて。
返された言葉を胸の内で繰り返して、ルーシィは漸くその意味を悟る。
用事があるのは自分にだ、と。
不自然な視線を感じ始めたのがひと月前の出来事。
ひとりにならない方がいい、とロキに心配されてから数週間。
けれど、まさかこんな方法で呼び出される程の理由が自身にあるとは思ってもいなかった。
異質な気配に全身が危険を知らせている。

「……なにか、御用かしら?」
「えぇ、貴女が本屋の店主に頂いた本に用がありまして」
「本?」
「そう、あれは随分前から私達が探していたものでね。見つけた矢先貴女に持っていかれてしまった」

見慣れない人影を感じ始めた時期。
違和感と気味の悪い視線の正体。
身に覚えのある胸騒ぎにルーシィは言葉を失って立ち竦んだ。
じゃり、と土と小石と靴が擦れる音が耳に響く。

「どこにあるんですかね。困っているんですよ」
「い、今持ってないわよ」
「それは変だ。部屋には確かになかった筈なのに」
「まさかあん…―――っか、は……っ」

攻撃に備えて素早く取り出した鍵で星霊を喚ぶ寸前、鳩尾に衝撃が走った。
よろけた身体は軽々と抱えられて、揺れる振動で意識が薄れていく。

 (―――…レビィちゃん)

先日手に入れた本はたった数時間前に同じように読書が好きなレビィへ貸したばかりだった。
他愛のない話をいつものようにして、明日の仕事の時間を決めて。
「じゃぁ、明日ね!」といつものような明日が変わらず来るのだと、疑いもせずに信じていた。
いつだってそんな確信はどこにもなかったはずなのに。

 (…―――ナツ)

次々と浮かんでは消えていく思考の中、ルーシィは気を失った。


***
こんな時にならないと気付けない。
言っておけばよかった、なんて後悔はもうたくさんなのに。

2012.07.26.
ナツルーの日。


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