グレイは走っていた。全速力で。
街の外れを目指して、真っ直ぐに。

「チクショウッ―――…間に合えよ!!!」

それは、ほんの少し前の出来事。
ひとりで出掛けていた仕事から帰ってくる途中、ギルドへ向かっていると街中で焦ったような声に名前を呼ばれる。
聞き覚えのある声に振り向けば、そこには息を切らしたレビィが立っていて。
どうかしたのか、と訊ねるよりも先にレビィは口を開いた。

『ルーちゃん見なかった!!?』
『いや、見てねぇけど』
『大変なの!!!早く探さなきゃ―――』
『落ちつけよ、ルーシィがどうした?』

落ち付かせるように小柄な肩へ手を置いて、半ば興奮気味のレビィを窘める。
事情を話すよう促しながらグレイは危機迫った気配に嫌な予感しかしなかった。
すると、レビィは大事そうに抱えていた本を勢いよく押し付けてきて。

『この本!!!告発本なの!!』

唐突に告げられた言葉に息を飲む。
物騒な単語とルーシィの関連性が結び付かずに言葉を失っているとレビィは更に続けた。

『ルーちゃんが貸してくれる時に所々古代文字が書かれてて気になるから調べてみてって言われたから…―――注意して読んでみたら実は魔法が掛かってて、ぱっと見は料理人が一流のシェフを目指す奮闘記なんだけど中身は正規登録されてるギルドが闇ギルドと繋がっていること、武器の流通、奴隷排出とか非人道的行為を繰り返してることが書き綴られていたのっ!!!』
『ちょっ……待てよ、それって』
『ルーちゃん、本当は破棄するよう頼まれてた本を内緒で貰ったって言ってたから、もしかしたらそのギルド、この本を血眼になって探してるかも』

真っ青になりながら説明するレビィ。
追い付かない思考を必死で整理して、状況を把握すると同時にグレイはどこにいるともわからないルーシィを探す為に身体を反転させた。

『あ、グレイ!』
『レビィはその本持ってギルドに戻れ!!俺はルーシィを探す!!!』
『わ、わかった!ルーちゃん、家の近くでメモ見ながら街外れの方へ歩いていったって水夫のおじさんがっ―――』

レビィの言葉を聞き終わらない内に足が動き出す。
メモを見ながら、ということは恐らく些細な頼まれ事でも引き受けたのだろう。
警戒もせず、誰にも告げずに向かったことからそんなに遠い場所ではない。
人気が少ない方角で、怪しまれない場所。
大体の予測を立てながらグレイは走り出した。
ひと月前にルーシィが零していた言葉が思い出される。

 『最近、誰かに尾けられてる気がするんだよね』

そして、数週間前のロキの言葉。

 『悪いんだけど、しばらくルーシィをひとりにさせないでほしい』

それらを確信付けるようなレビィの言葉。

 『もしかしたらそのギルド、この本を血眼になって探してるかも』

繋ぎ合せて弾き出した答えは最悪の事態を予測させて。
グレイは地を蹴る足に力を込めた。
ロキの勘はよく当たる。
普段は「大袈裟だ」と笑っている当のルーシィでさえ単独行動は控えていたし、帰宅する時間も早かった。
レビィの慌てようからして、最近起こった不自然なことを他にも聞いていたのだろう。

 (クソッ……もう見つかってる可能性のが高いじゃねぇかっ!!!)

最近はチームでの仕事はしていなかった。
大勢だと報酬額も高いが、その分役割分担でひとりになることも多い。
意図して避けていたのか無意識かはわからないが、結果的に少人数の仕事を選んでいたことは事実。
大抵はエルザかグレイが一緒に行っていたが、それも家賃分稼ぐとギルドから出ること自体を控えていた節すらある。
ルーシィが目的の本を持っていることには随分前から気付いていたが、なかなかひとりにならない為、多少回りくどくとも不自然に思われない方法で呼び出すことにした。
そうして警戒心の薄れた頃合いを諮っていたとしたら―――全ての合点がいく。

「なんで今日に限ってひとりで帰ってんだよ……っ!!!」

苦々しく吐き捨てながらも街の外れを目指して。
グレイは走っていた。全速力で。
やがて見えてきた古びた建物の前には金糸の少女の姿。
それがルーシィであると確信して、広がった安堵に動かす足を緩めた瞬間。
視界の少女はぐらりと傾いて、黒いスーツ姿の男がルーシィを抱え上げた。

「っ―――ルーシィ!!!!」

咄嗟に大声でそう叫ぶと同時にグレイは瞬時に造り出した無数の氷の槍を手先から放つ。
冷気を帯びた攻撃は男の真横を勢いよく通り過ぎた。

「オイ!ウチのギルドのモンになんか用か?」

男が振り向くまでの数秒間、張り詰めた空気が辺りを支配する。
全速力で走って、止まって、再び走り出したグレイの身体は急激な緩急に痛みを訴えていた。
肺に響く痛みを堪えながら冷静な態度を装って。
男まで数メートルの所でグレイは足を止める。

「やれやれ、困りましたね」
「ルーシィを置いていけば困ることはねぇよ」
「そうもいかないんですよ」

正面に見据えた男は動揺した様子もなく、薄らと笑みを浮かべて。
浅く呼吸を繰り返すグレイをまるで品定めでもするように言葉を紡いだ。

「このお嬢さんに持っていかれてしまった本に用があったんですがね」
「だったらその本だけ持っていきゃいいだろが」
「……そうもいかなくなったようです」

言葉の応酬はそこまで。
男は溜息ひとつ、口を閉ざす。
沈黙が続く中、グレイは懸命に思考を働かせていた。
男の両腕はルーシィを抱えている為、塞がっている。
攻撃を繰り出すにしろ、応戦するにしろ、その手は放れるだろう。
意識が逸れるならばそれでよし。
逸れずに向かってきたとしても戦闘に持ち込むことが出来れば、ルーシィの安全は多少確保できるだろう。
どちらにせよ自身の方が優勢。
そう踏んで、グレイは静かにその隙を狙っていた。
しかし、不意にかちゃりと鳴った刃物の音にグレイは目を見開くことになる。
予想外だった。
男は素早く袖から取り出した小型のナイフの先が気を失っているルーシィの首に突き付けると静かに嗤った。

「さて、見ての通りです。お嬢さんに無駄な傷を負わせたくなければ、両手を上げてゆっくりとあちらの通りに停めてある馬車へ乗って下さい」
「……用のある本はもういいのか?」
「その件についてはまた後程考えることにしましょう。どうやらここで時間を過ごす事は危険なようです」

身体中から噴き出す汗が一気に冷えていく。
時間を稼ごうとすればルーシィの身が危ない。
そうかといって、ギルドの仲間たちに事情を話したレビィが都合よくこの場所へ現れる可能性は限りなく低い。
グレイは逡巡した後、言われた通りに両手を上げて。
視界の端に映った馬車へと足を向けた。
満足そうに歪んだ男の口許。

「チクショウ」

忌々しげに零れた低い声がその場に響いて、掻き消えた。


***
もっと早く、気付いているべきだった。

2012.09.01.
グレイの日。


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