誰かに尾けられているような、奇妙な視線をルーシィは感じていた。
道を歩いている時やギルドにいる時、振り向くと見慣れない人影を視界に捉える。
気味が悪いと口にしてみるものの仲間たちには自意識過剰だとあしらわれ、清々しい程に否定されてしまえば、本当に気の所為だとも思えてきて。
あまり深く考えずに、いつもの星霊と共にギルドを後にした。
堤防を歩きながら見上げた夕陽は朧げに揺れて、少しだけ冷たい風が頬を撫でる。
そこでふと、微かな違和感を感じてルーシィは立ち止まった。
「ここ…って、こんなに人通り少なかったっけ?」
不安が心を渦巻いて、小さくそう零した声がやけに大きく聞こえる。
気にならなかった風の音や周囲の静けさが徐々に聴覚を覆って。
段々と汗ばむ掌を強く握り締めると足元で震えているプルーを咄嗟に抱きあげた。
途端、過るのは見知らぬ人影の存在。
「き、気の所為……よ」
持ち前の想像力が悪い方へ悪い方へと変換されていくのを必死に抑えて。
胸に感じる温もりで意識を紛らわせて、かつんと小気味好くヒールを鳴らす。
揺らいだ恐怖を掻き消して、ルーシィは早足で歩き出した。
瞬間、ふわりと視界の端に靡いた橙と聞き慣れた声。
「お送り致しましょうか?姫」
「―――っきゃぁ!!?」
咄嗟に引いた身体は勢いでバランスを崩して、がくん、足首の力が抜ける。
足元から転倒するようにぐらりと揺れた視界は包み込むような温もりに抱き止められて。
しっかりと支えられた背中と優しく細められた比金襖に思わずほっと安堵した。
「……ロ、キ」
「王子様参上」
にっこりと悪戯に微笑む彼に頬を染めて、震える指先を隠すように小さく「もう」と零しながらルーシィは皺ひとつ付いていないスーツの袖をきゅ、と握り締める。
寄せた頭を覆うようにロキの腕が身体を包んで。
じんわりと冷たい肌に広がる温もりに熱くなった目許を隠すようにその胸へ額を押し当てた。
「もう大丈夫だよ。ルーシィ」
髪の合間を縫うように骨ばった手が丁寧に頭を撫でていく。
不安に駆られた心境なんて、きっとロキはお見通しだろうけど。
それを煽るような事をしない気遣いに鼻先がつんと痛んで。
ルーシィは詰まった喉から絞り出すようにその名を呼んだ。
「ロ……キ…っ」
「僕がいるから」
瞬きひとつ、瞳から涙が零れ落ちる間もなく上げられた頬は温かな掌に覆われて。
こつん、と合わさった額と繰り返される言葉が安心させるように響く。
交わる吐息の距離に目を見開けば、ふにゃりと笑みを浮かべるロキが視界に広がって―――声にならない音を呑み込んだ。
***
どうしていつも、見透かされちゃうんだろう。
06.06.2012*ロキルーの日。
6月6日って恐怖の日なんだって。
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