「修行?」

目の前で出されたお茶を飲んでくつろぐ桜色の髪をした相棒がにたりと笑う。

「おう、ギルダーツのところでな」

ここ数日彼の姿を見掛けないと思ってたらギルダーツのところへ押し掛けていたのか、しかし強さを学ぶよりも勝手に人の家に上がり込むその行動が非常識なのだと言う事を学んでもらいたい、とナツに望むのは諦める修行をした方がいいのは自分かもしれない、とルーシィは半ば自棄気味に溜め息を吐く。

「で?どんな修行したの?」
「『30分ぼーっとなにも考えない選手権』だ!」
「……は?さんじ…?え?」
「だから30分ぼーっとなにも考えないんだよ」

そんな事もわかんねぇの?と言いたげな態度のナツにカチンとしながらもルーシィは辛抱づよく枝を伸ばすように質問を重ねて話の筋を把握する。

「要するに、ギルダーツが東国で学んだ『座禅』っていうヤツで精神統一の修行をしたって事ね?」
「おう、それだそういう事だ」

なるほど、東洋に禅という精神統一を重ねて自己を高め神に近づく信仰(多少誤認があるかもしれないが)があるのはルーシィも何かの本で読んだ事がある。
しかしそんな崇高な話がナツに理解出来る訳がない、恐らくギルダーツは本質だけを手っ取り早くナツにも分かるように説明して且つ、効果が上がるようにした結果が「30分ぼーっとなにも考えない選手権」なのだろう。

「…ん?選手権って事は他にも誰かいたの?」
「おう、ハッピーとやったぞ」

選手権は便宜上の名称という事か。

「…あ、そ。で?成果はあったの?」

ルーシィは文字通り苦笑いを浮かべながらカップに口をつけて問いかけると待ってましたと言わんばかりにナツがにんまりと笑う。

「ルーシィ俺、もしかしたらすげーエスパーかもしんねーぞ?」
「―…!?」

いきなり予想外の、野球のバッテリーで言うならばストレートで構えてたところへナックルボールで外角ギリギリ低めの位置に投げ込まれたような落差の告白だ、しかも爽やかな野球少年よろしくきらきらと清々しい笑顔で。
ルーシィは口に含んだお茶が噴射するのを慌てて堪え、辛うじて飲み込んだ。

「…え、エスパー…!?」
「おう、なんか透視能力っつーの?修行してると視えてくんだよ」
「見える?見えるってな、なにが?」

このナツに超能力とか摩訶不思議系の能力とはキャラ的に予想外ではあるけれど、禅というモノは精神力を高めるものだしまるっきりあり得ない話でもない―、ルーシィは意外にも興味が湧いて身を乗り出して聞いてみる。
が。

「お前が」
「…………………………………………ん?」

外角ギリギリどころかアンパイアの頭上をはるかに越える大暴投にリアクションさえ取れない。
今ナツはなんと言ったのか?
お互いに笑顔を貼り付けたまま微妙な空気が流れる、がそんな空気を変えたのはナツの方だった。

「なんだよ、ビックリし過ぎて声も出ねーか?」

微妙な空気感もお構い無く、かかかかかっと上機嫌に笑うナツにルーシィは漸く我にかえって疑問をぶつける。

「えー…と、どういう事?ナツ、視えるってなにも考えない選手権であたしが視えるって事?」
「あのな?こうやってさ、足組んで座ってそんで目を瞑ってひたすらぼーっとすんだよ最初はこんなんで強くなれんのかなあとか腹減ったなあとか色々考えちまうんだけどさ、そのうちに考えるんじゃなくてホントにぼんやりすんだよ、そしたらさ、こー…なんつーの?お前がさ、ぼわーんて出てきてなんか喋ったり笑ったりしてんのが視えるんだよ」

ジェスチャーを交えながら説明し始めたナツにルーシィは眉間に皺を寄せ胡散臭そうな表情を浮かべるがナツは自分が会得したと思い込んでいる神秘的な事象にすっかり興奮して話が止まらない。
透視能力?
もし百歩譲って本当にそんな大変な力がナツに備わったとしたらー。
とりあえずナツの事だ、悪意はなくても面倒を被るか何かしら巻き込まれるのは必須だし、聞き捨てならないのは先刻の話では自分が「視えた」らしいという「視られた」側にとっては不愉快極まりない話。
只でさえ普段不法侵入が日常的になってプライベートを邪魔されているのにこれ以上覗き行為をされるのはたまったものではないし精神衛生上よろしくない事この上無い。

「それがさあ、色までけっこうハッキリ視えるん」
「ちょ、ちょっと待ってナツ!」
「…んだよ!?」
「あのさ、視えるのって他には誰か視える?エルザとかグレイとか」
「…ん?んー?…わかんね、視えなかったっつーか視なかったっつーか、視ようと思えば視れたかもしんねーけど」
「えー!?なによそれ…、あ、でもそもそも視たっていつの話!?いつ、どこで、なにをしてたあたしを視たの?」
「あ?わかんねーよそんなの」
「はあ!?分かんないってどういう事よ、じゃあギルダーツのところでその修行をしてあたしを視たっていうのはいつの話?」
「なんだよお前、俺の言うこと嘘だとか言いてえのか!?」
「そうじゃなくて、検証だってば!あんたがあたしを視たっていう日にあたしが何をしてたかって合致する検証しないと透視能力だなんてそんなの眉唾モノだわ」

微妙に喧嘩腰な言葉の応酬の末、ルーシィの正論口撃にぐうの音も出なくなったナツはモゴモゴと口唇を動かして諦めたように何かの記憶を辿るような表情を浮かべて目を閉じるとポツポツと喋り始めた。

「んーと、だな…初めて視えたのは三日前の夕方だ、ルーシィが笑ってて…とりあえず場所とかわかんねえけどそれからずっと修行するたびに視えたんだからな!」

なんとも辿々しいがそれでも強気なナツの説明に、ちょっと待ってその話だと今更改めて指摘したくもないがそれは透視能力とは言わないんじゃないか、とルーシィはかくりと肩を落としてナツへの異議を胸中で心持ち控えめに唱えてみる。
大体、三日前の夕方はナツにはとても言えないが所謂、ブルーデイで痛む腹と頭を抱えてベッドの住人になっていた。
そんな時にナツが言うような笑顔など出来る余裕などある訳がないし、大体ひとりベッドの中で笑っていたらそれこそ別の意味で病気ではないか。という事はナツの言う「透視能力」は滑稽というかなんというかまったくもって単純な思い違い、勘違い―。
ただ単に瞑想していたらルーシィの顔が浮かんだというだけで。

「ナツ、あんたねえ…」
「お前まだ疑ってんのかよ?ギルダーツの修行はすげえんだぞ?ハッピーだって視えるようになったんだからな!?」
「………でしょうね、どうせハッピーの視たものって言ったっておおかたシャルルか魚くらいのもんじゃないの?」
「おお!?なんで知ってんだよルーシィ、まさかお前もエスパーとか」
「そんな訳ないでしょ!?そんなのあたしじゃなくたって想像つくわよ、ぼんやりしてる時に思い浮かぶ事なんて大体、好―」

そこまで言いかけて大袈裟に「呆れた」ポーズを取り、苦笑まじりに答えていたルーシィの動きがはた、と止まと口唇が忙しげにパクパクと動いた。

「す?なんだよ?」
「―…な、ななななんでもない!あのごめんナツ、あたし用事があったの忘れてた!!帰ってもらっていい?話の続きはまた今度で―」

ナツが続きを促した次の瞬間ルーシィの顔がぼぼっと油に火を着けたように赤くなり、慌てて席を立つと失礼だと分かってはいるが客に帰れと告げる。

「は?どうしたんだよ急に」
「えっと、あの、その…え、エルザのトコへ行く約束があって!」
「エルザ!?」
「う、うん、」
「お前、エルザとの約束忘れるとかすげえな…まあいいや俺ギルダーツのトコ戻るし」

咄嗟に方便でエルザの名を出したのが良かったのかナツは案外素直に応じたがルーシィにはまた新たな疑問が生じた。

「ね、ねえナツ、そういえばギルダーツはこの事、なんて言ってるの?ギルダーツも透視能力って言ってるの?」

だとしたらまた話は別だ。
残りのお茶を啜り、飲み込んだナツが立ち上がりながらふう、と息を吐きそしてにっかりと笑った。

「『かもしれねえな』って」
「は?」
「『そうかもしれねえから、ルーシィに話して確かめてこい』ってさ、そうそう、だからルーシィんトコに来たんだった」

来た目的を忘れてたと、ナツはかっかっかと笑う。

「じゃ、この話はまた今度な!あ、エルザとかにはまだ言うなよ!?」

そう言い終えてナツは上機嫌な様子でひらひらと後ろ手を振ってルーシィの部屋を後にした。これ以上ないくらいに赤い顔をして小さく震える彼女には気付かずに―。

面白がられてる―

ナツから聞いたギルダーツの悪戯心たっぷりの伝言めいた話と意地悪くニヤリと笑う顔を想像しながらルーシィは空気の抜けた風船のようにふらりとソファーに沈みこむ。
あの時言い留まった自分の言葉を思い返すと冷めるどころか熱くなる一方の顔を両手で覆い、足をバタつかせて声にならない声を漏らす。

『ぼんやりしてるとルーシィの顔がみえてくる』
「ぼんやりしてる時に思い浮かべる事なんて大体好きなモノや人の事に決まってるわよ、ナツあんた無意識に考えるほどあたしの事好きだったの?」

なんてそんな事言ったらあたし超自意識過剰な人じゃない!?そもそもナツが恋愛感情とか好きとか愛とかそんなの想像出来ないし!ていうかナツ、あんたなんでそんなに単純ていうか天然なのよ!今度ナツに会った時またこの話を蒸し返されたらどうしよう、そんなの恥ずかしすぎて耐えられない―!

神様王様ギルダーツさま、どうか今すぐあたしに記憶隠蔽出来る超能力をお授け下さい―。

まるでテレパシーでも送るかのように強く強くそう願うルーシィだった。


***
Open Me!:ぎゃら様より50000打リクエスト頂戴致しました◎

リクエストは当時くぁあっと脳内異常が発生する程に悶えていたナツルー神降臨回にてナツが発した『かっかっか』の笑いを織りまぜたお話。
なんつー無理難題を吹っ掛けたんだろうと思いつつ、流石ぎゃらりん。
貴女のそのセンスがどうにもこうにもヤバいとしか言い表せない程大好きです。

特にギルダーツ。
ぐっじょぶギルダーツ。
「かもしれねぇな」ってにやっと品の無さそうな笑みというかオヤジっぽくにやけるギルダーツが愛おしくて仕方なくてもうどうしよう!?
しかもしかも間接的なこの悪戯ちっくさ。
更にエスパーを検証するちょっとズレてるルーシィがタマラナイ。

あーん!
ごまんだは勿論既にじゅーまんだ!本当に本当におめでとうございましたv
これからも変わらずにずっと大好きです!!!
ありがとうございましたーーーっ!!!


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