いつかと同じような綺麗な夕焼け…ではなく。
厚い雲に覆われた、なんだか薄暗い帰り道。
ぱらぱら、ぱらぱら。
一定のリズムで、止まない雨がお気に入りの赤い傘を叩く。
「……」
「……」
あまり広くはないその傘の内側に肩を寄せ合うように入る桜色の彼とあたし。
端から見れば、甘い恋人たちのそれは、広がる沈黙と隣からじわりと滲み出てる不機嫌なオーラのおかげで、せっかくの本領を発揮できないでいる。
というか…甘さは皆無といってもいいかもしれない。
……それもこれも、原因は全て隣の桜色にあるのだけれど。
「今日昼休みにね、購買に行ったら…」
「……」
「ちょっと聞いてるの?」
「……聞いてる」
学校を出てから、終始こんな調子のナツ。
何でそんなに不機嫌なのかわからないけれど、何度理由を訪ねても、ナツは口許を引き結んだまま答えようとしない。
かといって他の話題を出してみても、こんな風に相槌すらまともに返してもくれない。
「何なのよ、もう…」
少し見上げる位置にあるナツの表情を伺いながら、その居心地の悪さに、そっと溜め息を吐いた。
(…もういっそ濡れて帰っちゃおうかしら)
だってずっとこのままだなんて、息が詰まりそう。
再び訪れた沈黙に、頭の隅に浮かんだ考えを実行してやろうかと鞄を胸へと抱えた…その時。
「あれ?ルーシィ…とナツ?」
「あ…ヒビキ」
「何?ふたりとも仲良く相合い傘で下校中?」
羨ましいな、なんて目元を細めたヒビキが青い傘の中から笑う。
雨のせいか、少し聞き取りづらいけれど、柔らかく破られた沈黙に何だか無性にほっとした。
「ヒビキはひとり?」
「そうだよ。僕は寂しい独り身だからね…」
「何言ってんのよ、いつも女の子に囲まれてるくせに」
わざとらしく寂しげな表情ををするヒビキに笑顔が零れる。
その時少しだけ傘が揺れて、ぱっと隣を見上げれば、相変わらず黙ったままのナツは、ただじっとヒビキを見ていた。
見ていた、というより睨んでいた、に近いかもしれない。
「な、ナツ…?」
「……」
「…へぇ?」
それに気づいたのか、ヒビキもナツを見て、ふっと笑う。
…少しだけ、その視線に意地悪な色が滲んでいるように見えたのは気のせい…?
「ね、ルーシィ」
「え?な、何?」
ぱっとヒビキの視線がナツから外れたかと思うと、にっこりと今度はあたしに注がれるそれ。
「僕と一緒に帰らない?」
…………はい?
「な、何…言ってるの…」
「本気だよ?」
口許の笑みは崩さないまま、ヒビキが首を少し傾ける。
「…だめ?」
「っ…!」
それは別に恋愛的な意味じゃなく、どちらかと言えば母性本能を擽られるようなものに近かったのだけれど。
それでも…上目使いで伺う仕草に、少しだけ、鼓動が高鳴った。
「も、もうからかわないで!」
「心外だなあ、僕がいつからかってるって?」
「たった今よ!」
そうだっけ?なんて惚けるその顔は、楽しそうに緩められていて。
その思わず見とれてしまいそうなほど綺麗な笑顔に、自然と顔に熱が集まってしまう。
そんなあたしに気づいたヒビキがふわりと笑った。
「…ほんと、ルーシィってば可愛いね」
「かわっ…!」
言われ慣れない言葉に、顔が一気に熱くなる。
きっと真っ赤であろう顔を見られたくなくて俯けば、すっと俯いた視界に手が映った。
「ナツなんかより、僕といてよ」
そう呟いてヒビキがあたしの手を取る。
さっきまで、ナツに冷たい態度を取られていたからだろうか。
優しく包まれるその感覚に、なんだか逆らうことができなくて。
軽く引っ張られる感覚に、つい身を任せそうになった、その時。
「……ふざけんなよ」
不意に、力強い何かが腕を引っ張った。
「勝手に決めんな…!」
「え…?」
馴染みのある、でも苛立ちを露にした声が頭上で響く。
「っルーシィは絶対渡さねぇ!」
耳に反響する、雄叫びにも近いその声に、鼓動がどくん、と大きく脈打った。
「ナ、ツ…?」
それがナツの声だと脳が理解した頃には、もうヒビキとは距離が開いていて。
「…本当に、世話が焼けるね」
すれ違い様、そんなヒビキの呆れたような声が、意識の遠くで聞こえたような気がした。
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