きゃああああ!
ルーシィの叫び声が森に木霊し、大きな音に驚いた鳥がバタバタと飛び去っていく。比較的近い仲間の声に、グレイは勢い良く走り出した。
森をかき分け、息を切らし、声の聞こえた方向を探りながら進む。
そうして暫く、ブルーのリボンが落ちているのを見て、彼はピタリ立ち止まった。手に取ったそのリボンに導かれるように、グレイは恐る恐る足を進める。
すると案の定、ルーシィは彼のすぐ近くに……
「う、ううう…はやく助けてー」
「……ぶはっ!」
否、足元の落とし穴らしき中にいて。
グレイは、それはそれは盛大に吹き出したのだった。
今回最強チームが依頼を受けた「森に住み着く巨大猿退治」は、相手がなかなか頭のいい動物故、トラップが多く苦戦を強いられていた。
だからこそ効率よく、各自散らばって捜索しようと言う話になっていたのだ……けれど。
「もう!笑わないでよ!」
「いや、ぶっ…くくっ、悪ィ悪ィ」
まさか散らばった途端、トラップにかかる…猿が掘った落とし穴に落ちる仲間がいるとは。
グレイは照れと怒りを露わに騒いでいるルーシィを見て、ひとしきり笑ってみせた。
目を落とせば、彼女がすっぽり隠れる深さで、両手を広げた程度が直径の落とし穴がある。さほど深くもないが、ピンヒールのブーツを履いた女性には些か無理があるだろう。
彼は思ってもないようなノリで軽く謝ると、屈み込んで手を差し出してやった。
「んもう!笑うより助ける方が先でしょ!……出たらただじゃおかないんだからね!」
「分かってんよ、お姫さま。ホラ、俺の手届くか?」
すると、それを見たルーシィが安心したように、少し恥じらうように、グレイへ手を伸ばす。
(…あ、)
が。
己に縋るように、己を求めるように手を伸ばしてくる彼女に、彼は妙な感覚を覚えて動きを止めた。
ルーシィのその顔が頭に焼きついて、胸がざわざわして、どうにも落ち着かない。
グレイの顔から笑みが消える。彼の視界の端で、金髪が不思議そうに揺れた。
何だよコレ。なんで急に。変だろ。
彼は思う。
だって今まで一度もルーシィ相手にこんな事…
「……グレイ?」
こんな事…
(本当に、一度もなかったか?)
さわさわと木々が揺れる優しい音が聞こえる。
先ほど飛び立った鳥達が、どこかで高らかに鳴いていた。
ルーシィが、穴の中から彼を見上げている。
上から見下ろしている為に、はっきりと目に入る胸元と小さな唇に意識が向かう。
グレイはほとんど無意識に、小さく口を開いた。
「……ル、」
が、耳に入ってきた音に、ハッと口を噤む。
徐々に近付いてくるその音は、焦ったような足音と木々を薙ぎ倒すような騒がしい音で。
それが誰を表わすのか、そして、その音に気まずさを感じると言う事が何を表わすのか、一瞬でグレイは理解した。
「…いや、何でもねェよ」
その事実には、もう苦笑いを浮かべるしかなくて。
彼は曖昧に笑いながらルーシィの頬を柔らかく撫でると、結局彼女を引き上げずにそのまま立ち上がった。
眼下の穴の中には、勿論『意味分かんない』『助けにきてくれたんじゃないの』と言わんばかりに放心している彼女が取り残されている。
そのわかりやすいリアクションに、ニヤリ口端をあげて笑ってやれば、ルーシィの頬が瞬時にヒクついた。
この面白い状況のまま置いていかれるとでも思ったのだろう、その顔は負の想像で真っ青である。
「って…ちょっとグレイ?あ…あんた、まさか…」
彼女のその様子は毎度のことながら見ていて飽きないし、とてもからかい甲斐のあるものに違いなかった。
けれど、グレイは今から来る人物と違ってそこまで鬼ではない。
好きな子ほどいじめたい、なんて、子供のような真似はしないだろう。
自分ならきっと。
そう、自分なら、きっと…。
グレイは穴の縁にもう一度屈みこむと、不安げな頭に先ほど拾い上げたブルーのリボンを乗せる。
そうして、努めていつも通り笑ってやった。
「違ェよ。お前を助けんのは…お前が助けて欲しいのは、俺じゃなくてアイツだもんなって、そういうことだろ」
一瞬の後、言葉の意味を理解したルーシィの頬が、ぼぼっと真っ赤に染まる。
そしてそれと同時に、先ほどから盛大な足音で駆けていた人物が、木々の間をぬけて顔を出した。
「ルーシィ!!」
「わっ!?ナ…ナツ!!」
「って…なんだよ、グレイいんのか」
はァ、と息を整えたナツは、ルーシィの置かれた状況と己より早く彼女の傍に居たグレイを見てあからさまに不貞腐れてみせる。
彼女の身を案じて走ってきたという同じ立場の人間であるが、彼はグレイと違って随分と素直だった。
「ああ、俺も来たばっかだけどな。そんじゃ、あとはお前に任せるわ」
「ん」
これ以上この場にいるのは、色んな意味で居たたまれない。
グレイはナツの肩をぱんと叩くと、言葉少なに二人の元を去ったのだった。
「…………………ちょ、」
そうして、数秒後。
話題の人物が突然現れた事に驚いていたルーシィが、漸く我に返ったらしい。
照れ隠しなのかそろそろ本当に救助してほしいからなのか、騒ぐその声はナツとの会話となったことでより威力を増していた。
「ちょっとナツ!普通話は後でしょ!まずは助けなさいよ!」
「かかかかか!つかルーシィだっせェな!何してんだよ」
「うううううううるっさいわね!いいから早く!」
「へいへい。ホラ、大人しくしとけよ」
ナツは笑い声をそのままに穴の縁に膝をつき、中へ入るように少し身を屈める。
そうしてルーシィを背中から肩を抱くように腕を回して少し浮かせると、もう片方の手で足を掬って穴から抱き上げた。
漸く救出された彼女は、お姫様だっこ…と言うには少し乱暴だが、それに近い恰好でナツに抱かれている。
「は…だっせェのはどっちだ」
その一連の流れを少し離れた場所から見ていたグレイは、彼らから隠れるように木の幹に寄りかかっていて。
満更でもなさそうに、重いだの何だのとからかいながらも彼女を腕の中から降ろそうとしないナツの声が。そして、扱いが酷いだのと騒ぐ中に、嬉しさを滲ませるルーシィの声が。
彼の頭の中で、ぐわんぐわんと、幾度も繰り返し響いていた。
まるで、狭い穴の中で反響するかのように。
(自分だったらこうして……彼女の幸せの為に身を引くだろう、だなんて)
抜けられない落とし穴に填まったのは、一体誰だったのだろうか。
考えずとも出ている答えに、グレイは深く溜息を吐くのだった。
※相互記念
***
Ms.Perfume:ティアラ様より相互記念に頂戴致しました。
もうもう。ナツルグレですヨ。
ゆんがナツルグレ好きって言ったのを覚えていて下さって!
個人的に「ぶはっ!」て噴き出したグレイさんが好き。
この一連の動作にルーシィへの愛おしさが詰まっていると信じて疑わないから。
そして、グレイの姫さん呼びが好き過ぎてもうだめ。
更になっちゃんにさらっと譲るくせに木陰から仲良しすぐるナツルを見て溜息吐いちゃうグレイさんのヘタレ具合がドツボでした。
ルーシィ可愛いけど、一歩踏み出せず冷静になっている間にふたりの関係性に中てられて身を引く感じがすごく可哀想で大好き。
素敵賄賂ありがとうございましたーーーっ!!!
ティア嬢らぶっ!!!
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