それはマグノリアで肌を刺すような寒さが過ぎ去る間際だった。

「月見がしてぇ」

それが当たり前なのだと言わんばかりにルーシィの部屋の一角を占拠したナツは、夜も暮れた頃、見計らったかのようにそう口走った。

「月見ぃ?あんたお団子が食べたいだけでしょ」
そう言いながら「はい」と自分とは色違いの客人用マグカップを机に置いた。客人用のはずなのに、それはナツが乱雑に扱った跡で溢れている。暖かな湯気が立ち上るマグをナツが受け取ったのを見て自分もそれに口を運んだ。

「ちげーよ、失礼なやつだな!ルーシィじゃあるまいし」
「どういう事なのかしらそれ」
「……あい」
「ハッピーの真似なんかじゃごまかされないわよ」

ぶすっとふてくされた顔に思わずくすりと笑う。こういう時のナツは、本当に可愛いな、と最近気がついた。眉毛がよって、唇が飛び出て。まるでおもちゃを取られ拗ねた子供のような。それに気付いた時、ルーシィはもうナツを完全に恋愛対象としてみていたのだけれど。

「だいたい、なんで今日言うのよ。今日新月でしょうが」

まるで月見とはかけ離れた日よりだ。
「してぇもんはしてぇんだよ」
「あんたは子供かっ!!もう、後もう少しすれば桜がさくでしょ?月見じゃなくて、花見でいいじゃない。私は花見がいいわ、うん」

マグノリアの桜は、それはもう綺麗なのだそうだ。ルーシィはギルドのみんなと騒がしくも楽しいであろう花見を想像して、思わず口角をあげた。

「月見だ月見、ルーシィ、行くぞ」

にやにやと妄想ににやけるルーシィの腕を掴むと、ナツは有無を言わさずその腕を力強く引いた。
「ちょ、どこ行く気よ!!離しなさいよ!!」

「月を見に!!」

引っ張られる力はとても強く、ルーシィから見えるナツの目はらんらんと輝いていた。たぶん全力でこの手を振り払い拒めば離してくれるだろう。だけど、きっとナツの顔は歪むに違いない。
あぁもう。あたしってばナツに弱い。


一石いっぱい



「寒いぃー!!」

ナツとルーシィは家を出て正面にある川の縁に座っていた。当たり前のように、ナツが期待する月は出てはいない。

「やっぱ出てねえなぁ……」
と当然の事を口にして、ナツは水面を見下げた。

「ねぇナツ、戻ろうよ」
「……」
「ナツ?」
「ルーシィ」
「……何よ」

無言になったナツの手がルーシィに伸びたかと思えば、次の瞬間衣擦れの音と共にリボンを取られた。束ねられていた髪が重量に逆らうのをやめて肩口に触れた。

「ちょ、返しなさいよ!!」

リボンに向けて手を伸ばせば、不意にナツに正面から抱きすくめられた。
「なななななに!!なに!!なにっ!!」

驚いて突き放そうとしても、その腕にがっちりとホールドされていて突き放せれなかった。

「動くなよ」

耳元で低い声が呟かれ、ぞくりとして思わず身動きを止めた。火の滅竜魔導士ならではの高い体温が体に染み込んで暖かいが、これが外側からなのか内側からなのかは既に判断がつかない。鼻孔をくすぐるナツの匂いに、心臓は早鐘を打つものだからそれが気づかれてないか心配になる。

「んー……腕じゃ難しいか?」もぞもぞとルーシィの背中で腕が動いていたかと思えば、不意に離れ、そしてナツはルーシィの目の前でマフラーを外した。それを、ルーシィに巻いて
「うん、よし」
そう言ったのだ。

それからナツはルーシィの肩口に顎を乗せて、またルーシィを抱きしめた。

「なななな、何がよしなのよ」

声がどもる。動揺、している。

「んー」
と耳元で声が響いて
「月見、してんだよ」

ナツがにししと満足そうに笑った気配がした。

「月なんかないじゃない」

新月なのだから、月が出ているわけがない。そう言えば「出てんだよ、水面に」とナツが言って。ナツの腕から逃げようとすれば「動くなよ、月なんだから」とより強く力を入れられた。

つまり、ルーシィの髪が水面に反射するのをナツは月と呼んでいるようだった。だからリボンを奪ったり、マフラーを巻いて水面に見えるルーシィの髪を丸くしたり、それを押さえるために抱きしめたり。
なんという迷惑だ、と思いながら顔を上げれば、民間の窓にナツの髪が移っていて、それがまるで綺麗な桜のように見えたがら。

「じゃあ私は花見するわよ」
と嫌味を言ったつもりだった。

「お、すげーなオレら。こういうの一石いっぱいっていうんだろ!!」
「……まさか一石二鳥の事を言ってるの??」
「ルーシィばかだな。オレが月見が出来て、ルーシィが花見が出来て、オレが暖かくてルーシィも暖かくて二鳥どころじゃねぇだろうが」

至極嬉しそうに、さも自分が正しいと自信満々のようにナツは笑って、体温を分けるかのようにまたルーシィを抱き直した。

確かに暖かいけれど、それは月見したいって外に出なければ関係ないじゃない。なんて言葉が出かかったけれど、
「そうね」
と言葉を隠すようにナツがルーシィに巻いたマフラーを引き上げた。当たり前のように、マフラーからはナツの匂いがした。


→ おまけ
***
サカサマサマーサイダー:さまーさいだー様より相互記念に頂戴致しました。

サイト名からお話を作って頂いたようで…好きな言葉をサイト名にしておいて良かったと心底自分ぐっじょぶ、と思いました。

鏡花水月も鏡花水月法を用いたお話も幻想的な雰囲気は大好き。
新月に月見をしたがるナツもルーシィを突きに仕立てるなっちゃんも桜に見える桃色頭も可愛らし過ぎてにたにたしちゃいました。
ぺったりらぶらぶしてるふたりに心がほくほくと温まります。
しかもおまけまで…!

ルーシィは絶対甘くておいしいと思うのです。
無意識に齧って、ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも笑い合っていればイイ。

こちらこそ、相互ありがとうございます。
近々御挨拶に伺おうと思っていたのに、素敵なお話を先に見つけてしまって嬉々として飾らせて頂きました。

この恩はいつか倍にして鬱陶しい程の愛として送りつけに行くつもりです。
こんなゆんですが、どうぞこれから宜しくお願い致します!
ありがとうございましたーーーっ!!!


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