「ルーシィ、トリック・オア・トリート!」

「………は?」



窓から突然現れた来訪者に、たっぷり10秒は考えて。

それでもやっぱり掛ける声が見つからず、間抜けとも言える返事をする。

訪れた主はそんなルーシィの様子などお構いなしに、にかっといつも通りの笑顔を浮かべて両手を差し出した。



「だから、菓子くれ」

「あんたねぇ…」



広げていた本を音を立てて閉じ、はーっと深く溜め息を落とす。

今は睡眠前の憩いとも言える、大事な読書の時間。

当然、外は真っ暗な闇に包まれているし、部屋には煌々と明かりが付いている。

こんな時間にやってきて何を始めたかと思えば。



「今、何時かご存じかしらね?」

「んー…、0時12分?」

「…正確な時間把握をありがとう」



嫌味も通じないのかと睨みつければ、やっぱりナツは笑顔のままで。

どう伝えれば深夜の訪問は迷惑だと分かってくれるのだろうかと、頭痛さえ感じ始めてきた頭を抱えてテーブルへと沈み込む。



――こんな事なら、さっさと寝れば良かった。



もちろん、今更考えたところで無駄な事ぐらい、重々承知していたけれど。



「なっ、だから菓子っ」

「…ないわよ。そんなもの」

「何でだよ」

「何でって…」



一応、ハロウィンのお菓子を手作りしようとは、計画していた。

どうぜこういう事を言ってくるであろうという事は想定内の事だったから。

だがそれは、朝起きてからするつもりだった予定であって、今はまだ手元に何も用意なんてされていない。



「昼頃になら用意出来ると思うから。だから今は帰りなさい」



そもそも、こんな夜更けに女性の一人暮らしの部屋へ侵入してくるのが間違いだと諭してやりたいところだけれど。

とりあえず、さっさと帰ってくれとルーシィは本を手にナツへと背を向ける。

不満そうな声を上げるナツに、文句を言いたいのはこっちの方だと思いながらも、それもぐっと喉の奥へと押し込めて。



「じゃ、私は寝るから」



あんたも帰りなさいよ、と視線だけで促せば。

向けられていたナツの視線が、くるりと楽しげに動いた。



「――じゃ、イタズラだな」

「…は?何言ってるのか意味が分からな―…、ナツ?」

「言っただろ?トリックオアトリートって」

「そ、それはそうだけどっ。昼にはあげるって言ってるじゃない」

「駄目。オレはもう言った」



1歩。また1歩と距離を詰めてくるナツから逃げるように、ルーシィの足がじりっと後ろへ下がる。

正面にあるのは、楽しそうな表情を浮かべたナツの顔。



――このまま捕まれば、どんなイタズラをされるのか分かったもんじゃない。



何でこんな時にあの相棒は一緒にいないのよっ!と半ば八つ当たりのような事を考えながら静かに下がり続けるルーシィ。

だがここは、限られた空間である自室。

逃げ続けたところで、限界が来てしまうのは仕方のない事。



「…っ、あ!」

「もう逃げらんねーぞ?」



足がとん、とベッドにぶつかって、それ以上は進めない事を悟る。

正面からは、確実に迫ってくるナツの身体。

どこか逃げ出すチャンスを見つけなければとルーシィが必死に焦っている事すら、面白そうに。



「さて、何してやろうかなぁ」



にやりと浮かべられた明らかに悪巧みをしているナツの表情に、ルーシィは手をきゅっと握り締める。

“やられる前にやれ。”

そんな誰が言ったか分からない名言が脳裏をよぎり、目前まで迫ってきていたナツの鳩尾へと狙いを定めた。――その時。



「ルーシィにイタズラなんてさせないよ?ナツ」

「ロキ!?」



ふわりと空間から現れた星霊に、ルーシィの反応が遅れた。



「ぐはっ!」



めき、とロキの背中に食い込んだ黄金の右ストレート。

そんな事など微塵も想定していなかったであろうロキはその衝撃を全て受け止め、どさりと床へ沈む。



「ちょっと、突然何てところに出てくるのよ!あんたは!」

「…な、殴られた僕への労りは無しなの…?」

「そんなものは無いっ!」

「酷いよ、ルーシィ。助けに来たのにっ」

「勝手に出てくる方が悪いんでしょ!?」

「そんなぁー…」



しくしくとわざとらしく泣き真似をするロキを見下ろし、ふぅ、と小さく息を吐き出す。

こんな夜中に(以下同文)だが、ナツにいたずらされる事はこれで回避出来るだろうとルーシィは強ばっていた肩の力を抜いた。

どうやってナツを追い返したらいいのか悩んでいたが、これで厄介ごとは全て解決だ。



「ロキ。あんたもナツを連れてさっさと帰ってよ?」

「え。僕、今来たばかりなんだけどっ」

「時間を考えなさいよ、時間を…」



どうしてこいつらは揃いも揃って常識をいうものを考慮してくれないのかと思わず眉間に皺が寄る。

だが、今ここでロキの機嫌を損ねる訳にはいかない。



「また明日。じゃなくて、今日の昼にね」



バイバイと1度小さく手を振り、そのまま2人の背中をぐいぐいと強く押し出す。

逆らおうとしつつも、さすがに気が引けるところがあるのか割とすんなりドアまで辿り着いて。

後はこのドアの向こうへ追いやれば平和な時間が訪れると安堵した矢先に。



「おいおい、イタズラ無しっていうのは駄目なんじゃねーの?」



外側から勝手に開かれたドアに、ルーシィの思い描いた未来がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。



「…なんであんたまで来るのよ、グレイ…」

「あぁ?んなの、ハロウィンだからに決まってるだろ?」

「訳分かんないんですけどっ!?」



よぉ、と軽く手を挙げたグレイに、ルーシィは今度こそ全身の力が抜け、ぺたりと床へ座り込む。

そんなルーシィとは対称的に、はち合わせたナツとグレイは“何でテメェがいるんだよ”“お前もだろ”…なんて。

いつも通りと何ら変わらない睨み合いを始めている。



「あーもー…、何なのよ。ホント…」



ハロウィンというイベントは、決して嫌いなものではない。

仮装したりお菓子を配ったり、お祭りともいえるとても楽しい行事のハズだ。

だが今は、その楽しかった記憶さえ恨んでしまいたくなる程。



一触即発の殺気を滲ませている2人は、ハロウィンの陽気とはほど遠く。

それを面白そうにただ傍観しているロキの姿も、また同じ。



本当は、ハロウィンに手の込んだお菓子を用意しようと色々考えていたのだ。



ジャックオーランタンを作って、くり抜いたカボチャの身で何が作れるだろうかとレシピを調べた。

クッキーだけじゃ面白くないから、プリンとかケーキとか、それこそ本当に色々と作ろうと気合いを入れていたのに。

それを、この男たちは。



――もう絶対に許さない…!!



「どうしたの?ルーシィ」

「あ?何だか顔が怖くなってねぇか?」

「お前等が邪魔だってよ。だから帰れ」

「何言ってんだ。お前が帰れよ」

「ちょっと、2人共少しだけ黙った方が―…」

「ロキは黙ってろっ!」

「えー?」



「あんたも黙りなさい、ナツ…」



唸るように重く静かに落とされた言葉に、いがみ合っていた3人の顔がひくりと引きつる。

さすがにこれ以上はキケンだと本能が告げたのだろう。

だが、…もうすでに手遅れなのだが。



「おい、ルーシィ怒ってるぞ…?」

「それはお前のせいだろ」

「何でだよっ。お前が来たせいだろ!」

「でも、一番最初に来たのはナツなんだよねぇ?」

「それはそうだけどっ」



「…ちょっといいかしら?あんたたち……」



びくぅっ、と大きな痙攣ひとつ。

同時に身体を震わせた3人が、ルーシィへ同意を示してこくりと頷く。

それが見えたのかどうかは分からないが、首をかくりと倒したままルーシィがゆっくりと口を開いた。



「…イタズラするつもりだったのよね…?私に一体何をするつもりだったのか聞いてもいいかしら……」

「なに、って…」



「全身くすぐりの刑?」

両手をわきわきと動かすナツと。



「ゴスロリメイドコスプレ」

ばさりとフリル付きの衣装を取り出したロキと。



「まだ何からやるか決めてねぇな」

にやりとあやしげな笑顔を浮かべるグレイ。



「へー…、…そうなの……」



ゆらり、とルーシィの身体が揺れて見えるのは、その身に纏った気配のせいか。

いち早くその様子に気付いたグレイが、ひくりと頬を引きつらせて。



「じゃっ、もう夜中だしオレは帰ろうかなぁー」



くるりと180度回転。

ルーシィに背中を向け、ドアノブを掴もうと伸ばした腕の先に。



――どかっ!!



「そんな、遠慮しなくてもいいのよ?グレイ…」

「い、いやっ、ほら、もう寝る時間だろ?」

「そうだったかしら…?」



ドアに勢い良くぶつかった物体に、びくっと腕を引き寄せ必死に笑顔を浮かべるグレイ。

つぅ、と首筋を汗が伝い落ちるのは残る2人も同じ。



「せっかくだから、おもてなしをしないと、…ね?」

「い、いやっ。今日は遠慮しておくよ」

「そっ、そうだぞ。気にする事はねぇからっ」

「ルーシィ、早く寝ないとお肌に悪いから…っ」



「何を今更…?」



くすくすと楽しそうに声を出して笑うルーシィ。

そんな彼女の背後に、彼らは一体何を見たのか。



「ねぇ、ルーシィ。おち、落ち着いてっ」

「うるさい。まずあんたは邪魔だから強制閉門」

「ロキだけズル…っ」

「続いて開け処女宮の扉、バルゴ」

「――お呼びでしょうか、姫様」



深々と頭を下げたメイド姿の星霊。

その彼女へ、ルーシィはにっこりとそれこそ見事な笑顔を浮かべて。



「ナツとグレイに、おもてなしをしてあげて?」

「分かりました。どのような事を致しましょうか」

「そうねぇ、とりあえずロキが提案してくれたゴスロリメイド姿にしてあげるっていうのはどうかしら」

「了解しました」



改めて深く一礼をし、顔を上げるバルゴ。

その視線の先には、もちろんターゲットとなった2人の姿。



「や、やめっ」

「えええ遠慮しておく…っ」

「それは了承致しかねます」

「ル、ルーシィ…!」



「――存分に楽しんでいってね?」



ふわりと微笑むルーシィと、主人に忠実で実力者のメイド。

この強力タッグに睨まれてしまったら。――もう、ただ薄ら笑いを浮かべる事ぐらいしか出来ない。



「いやだいやだいやだ!」

「そんな事しても誰も喜ばねぇって!」

「あぁ、ひとつお知らせしておきますが、この衣装は着せたものしか脱がせられない仕様となっておりますので」

「は!?」

「レオ様のご趣味です。姫様を逆恨みする事の無きよう」

「何だよソレ、本気で勘弁…っ!」

「やっ、やめてくれぇぇぇー…」



断末魔の叫び声を背に極上の笑みを浮かべるルーシィ。

その姿は正しくハロウィンに出てくる“魔女”のようだと、ナツとグレイが思ったとか、思わなかったとか。







「あ、そうだバルゴ」

「はい。姫様」

「星霊界にいるあいつもよろしくね」

「承知しております」



「…目の前で見れないのが残念ね」





Happy ハロウィン☆
***
Guroriosa:碧っち。様よりはっぴぃはろうぃんを頂戴致しました◎

ち、ちゃんと当日にDLFしたんだよっ!!でも上げるの遅くなっちゃったけど…。
総受け…なようでろきるっぽい?
でもなっちゃんが一番乗りなのでゆんはナツル目線で読ませて頂きましたv
個人的には「ルーシィにイタズラなんてさせないよ?ナツ」がドツボでした。
王子様…!残念感漂うところがまたロキっぽい(笑)
悪戯って沢山の想像力を掻き立てて…素敵ですよね。
御馳走様でしたーーーっ!!!


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