ひらり、ひらりと舞い散る桜。
杯に揺れる花弁から広がる波紋。
月の光に煌々と照らされて、夜風が心地良く擦り抜ける。
宵のうちから嗜み始めた所為か酒瓶にはもう少量しか残っていない。
確かめるようにそれを手に小さく息をついて。
残りを盃へと注げば、不意に聴き慣れた声が耳に入った。
「わかーっ!」
視線を落とすと白い着物姿で両手を振る氷麗の姿。
しばし無言でその様を眺めていれば、羽織をぱたぱたと靡かせていることに気付く。
「あまり夜風に当たってはお身体に障ります!」
これを、と高く掲げたそれを受け取る為にふわり、と地面へ降り立って。
ひんやりと冷たさを帯びる長い髪に吸い寄せられるように口付けた。
「いい処にきたな。お前も呑むか?」
低く低く、響くように耳元へ囁けば、真っ白な肌を熱が這い上がっていくように赤みを帯びていく。
そうして、潤んだような瞳が揺れると開いた口は二度三度、言葉を呑み込んで。
意味を成さない音を漏らして氷麗は火照る頬を隠すように俯いた。
「の、呑み過ぎですよ」
小さく答えた声は少しだけ震えていて。
懸命に紡がれる声は酒気に混ざって甘さを増す。
胸の内で蠢く本能のままに額へ唇を落とせば、桃色に染まった頬が蒸気が上がりそうな程真っ赤になった。
「そうかい。つれないな、雪女」
鼻孔を擽る甘い香りは止まることを知らずに際立って。
欲望のままに支配したい衝動に駆られる。
けれど、何もかもを包み込むような無垢な瞳に勝てるはずもなく、邪な想いを抱いて触れているなんてきっと気付いてすらいない。
理性なんて碌なもんじゃない、なんて小さく毒づいて瞼を閉じれば、惑うような吐息が微かに漏れた。
「お前もたまには付き合え。氷麗」
瞳を開ければ漆黒に染まる羽織が揺らめいて。
ゆっくりと進む歩みに馴染むように袂が揺れる。
「す、少しだけですよ!」
上擦る声を隠すように俯いた氷麗を見下ろせば、黒髪から覗く耳が淡く染まっていた。
声を上げて笑えば、視線が交わって揺れる瞳に笑みを浮かべる自身が映る。
闇夜に浮かぶ月が朧げに輝いて―――刹那、桜吹雪が視界を覆った。
大切にしていたいのは
ずっと見守っていてくれたから
fin.
***
《ぬらりひょんの孫》
夜リクオがとっても好き。
氷麗が愛おし過ぎて仕方ない…んだ。
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