「ナツは何か贈るの?」

飲み物を注文しにカウンターに行くと、ミラジェーンがにこにこと訊いてきた。それにナツは瞬きで返す。

「何かって?」
「今日はバレンタインじゃない」

当たり前のように告げられた言葉に、脳の引き出しを開ける。バレンタイン。ハッピーバレンタイン。

「ああ、ハッピーが今年はシャルルにあげるんだ、って言ってたな」
「そう。で、ナツは?」
「オレ?」

ナツはバレンタインの贈り物などしたことがない。妖精の尻尾の仲間はみんな大切で、そこに特別に誰かに何かを、なんて考えたことが無かった。

「やるとしたらルーシィか?」

頭に浮かんだ同じチームを組む彼女は、確かに日頃から親しくしているし、そのイベントにはふさわしいように思えた。しかし彼女から何か貰えるのであれば返さなければ、とは思うが、独りよがりであれば恥ずかしいし――何より切ない。
ナツは視線を巡らせて金髪を探すが、ギルド内には居ないようだった。
視界に捉えた浮き足立った相棒は、ずっとシャルルとウェンディから離れようとしない。後ろ手に持った箱が肉球に弄られてもじもじと揺れている。
ミラジェーンはナツの視線を追ってくすり、と笑った。

「可愛いわね、ハッピー」
「ばしっと渡せば良いのにな」
「そう簡単には出来ないのよ。相手も自分のことを大切に思ってくれているとは限らないし」
「ふぅん?」

先ほどナツを襲った不安にぴたりと嵌る。彼は相棒の背中に勇気を感じて、一人ごちた。

「そうだなぁ、ハッピーも頑張ってるし…オレもルーシィに何かやろうかな」

ミラジェーンがにこりと笑った。




ルーシィは机に向かって何か考え込んでいた。ナツが部屋に入ってきたことにすら気付かず、ペンを握りしめて何か書こうとしては手を浮かせている。
ぎゅ、と一際力が込められ、そのペン先が滑りだし――。

「ルーシィ?」
「おわぁああ!?」

覗き込むようにして声をかけると、椅子の上でびくり、と跳ねた。ビリィー、とからかおうとして、その距離が近いことに妙に緊張して。ナツはそろそろと顔を遠ざけた。

「び、ビックリした…」

ルーシィは自分の胸元を押さえて鼓動を宥めているようだった。はぁ、と溜め息にも似た長い呼吸をして、ナツを見上げてくる。

「あ、えと…」

その淡褐色の瞳の中で、自分が見つめ返している。ナツはぎくりとして、背中に回した手を強張らせた。
ギルドを出てからここに来るまでに購入した包みは、両手に荷重を訴えている。
いざ渡そうとするとストッパーがかかったように肩が動かなくなった。

「何?」
「ん…」

ナツは自分がハッピーと同じ体勢で包みを弄っていることに気付いて、赤面した。

ちょ、なんだよ、これ…?

思っていた以上に恥ずかしい。思えばナツはルーシィに贈り物などしたことがなかった。どくどくと波打つ鼓動は今まで体験したことのない強さをもって、ナツに襲い掛かってくる。

ばしっと渡せば良いんだよ。ばしっと、な。

心の声に応えて、すぅ、と息を吸い込んで。ナツはルーシィの目の前に包装紙を差し出した。

「ほらよ」
「え?」
「バレンタインだから」

目を丸くするルーシィを見て、後悔が押し寄せる。慌てて、ナツは言葉を重ねた。

「ほ、ほら!同じチームだし!」
「あ…そ、そうよね…ありがとう」
「お、おう…」

やっぱり恥ずかしくなって、ナツはルーシィから視線を外した。
かさかさと膝の上で包みを開けたルーシィは、その中身を目に入れて、ん?と声を上げた。

「…これ、何?」
「へ?豚バラだよ。バレンタインって言ったらバラだろ?」
「……バラ…」

何故か半眼になったルーシィを見下ろして、ナツはにか、と笑った。

「オレ、前に作ってもらったマーマレード煮が良い」
「調理しろっての!?ったくもう…」

ルーシィは溜め息を吐きながらも立ち上がってキッチンに向かった。その足が、2、3歩ナツから離れたところでぴたり、と止まる。

「あんたこれ、エルザ怒ってなかった?」
「は?エルザ?なんで?」
「ん?エルザにもあげたんでしょ?」
「いや?お前にしか…って、そうだよな、エルザも同じチームだよな…」

なんでかルーシィしか思い浮かばなかった、と呟くと、彼女はく、ともぐ、ともつかない音を喉の奥から捻り出した。

「どうした、カエルみたいな声出して」
「そ、そんな声出してない!」

叫ぶように言って、つかつか、とルーシィはキッチンに消えて行った。
一人残されて空気が静まり返る。バレンタインとは言え、ナツとルーシィの間には『同じチーム』以外に何もない。受け取ってもらえた安堵と、彼女のあっさりとした反応への不満が、綯い交ぜになってナツを包んだ。

もう少しなんかあっても…て、なんかって、何だ?

思考を巡らすように目を動かすと、主の居なくなった机の上が視界に入り――息を飲んだ。

「……!」

そこにはカードが2枚置いてあった。青いカードには『Happy Valentine's Day!』の題字が躍っている。本文はいつも翼で助けてくれてありがとう、これからもよろしくね、という内容。すぐにハッピーに向けられた物であることがわかった。問題はもう1枚の、赤いカード。

「『Be』……」

まだ題字すら途中のそれが、どういう文字を続けようとしているのかくらい、ナツにも想像がついた。グレイに宛てられた贈り物に、よく見る文。バレンタインの文句として定番な、あの言葉。
カードには裏にも表にも宛先は書いていない。バレンタインのカードはそれが一般的だ。しかし、1枚は青くてハッピー宛て。なら、もう1枚の赤いカードは、ナツ宛てとしか考えられない。

「……」

ナツは一度キッチンの方を見てから、椅子に座ってペンを取った。一度深呼吸してから、カードにペン先を下ろす。ルーシィの字とは違う筆跡が、後を追った。
ナツは自分の気持ちに名前が付いたような喜びに、知らず口角を上げる。

「よし」

完成した『Be My Valentine!』に満足して、ナツはくるり、とカードを回した。




***
carpio:たにし様よりValentine`s day企画を頂戴して参りました。

「Be My Valentine」
私の恋人になって、という意味。
欧米では他に「From Your Valentine」とカードに書いたりとか。
豚バラをもじもじと渡すナツに思わず笑いましたが、それがナツです。
もう可愛過ぎる!!
無自覚強引はそのままで、だけどルーシィを意識して赤面するナツがもうたまらないです(嬉*
止めに「自分の気持ちに名前」がきゅんどころでなく悶えさせられました。

たにし様、素敵な企画を本当にありがとうございました!!

***

愛してるを3回で:うめ子様とcarpio:たにし様のバレンタインコラボ作品を頂戴致しました。

「あ、えと…」の行ナツv
ちょ、もう可愛い過ぎてどうしましょう**
ばしっと渡せばいいんだよ、と思い至るまでもじもじしちゃうナツが絵になって!!
頬を赤らめてるナツが半端なく萌えポイントを刺激します。

うめ子様、素敵なバレンタインとコラボ企画を本当にありがとうございました!!


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