明かりを付けないバスルーム。
フローティングキャンドルを浮かべたバスタブで、まとめた髪から垂れてきた一束を耳に掛ける。
自分好みではない、長湯に向かない熱めの湯加減。でも今夜はその温度が心地いい。

――早く、暖かくなってくれないかな。
寒い日が続くと困る。あの温度に馴染みすぎたら、一人寝に泣いてしまいそうだ。


白いトリュフのお返しにと、ギルドの面々から渡されたのは家賃のカンパだった。
小銭や札が入り混じった夢のないガラス瓶にがっくりするが、昨日報酬がパアになったと知っての心遣いにひたすら感謝した。

『はぁ〜〜〜〜……』
『何だぁ? 暗ぇなルーシィ』
『暗いねルーシィ』
『だからここ私の部屋! ……って……』

不法侵入犯以上に目を引く、テーブルにどっさりと盛られた十尾以上の魚。

『オイラ達お金ないから、生活の足しになるようなもの持ってけって皆が』

夢のないガラス瓶以上にロマンのない贈り物に頭を痛めながら、生活費の不安ゆえかやはり複雑な感謝の念がもたげる。

『ありがと。薫製にでもしようかしら』
『あい! 楽しみだなぁ』
『プレゼントなんじゃないの!?』

涎を垂らす青い仔猫に呆れている鼻先へ、ずいっと差し出された蝋燭に目を白黒させた。大きい。太い。長い。まるで柱だ。

『……何、これ?』
『ホワイトデーだから、白いモンだろ?』
『ホワ……それで、何で蝋燭?』
『だから、生活の足しになるもの』

本格的に頭が痛くなり、それ以上は口を閉ざす。足元でハッピーが相棒を見上げて、

『それだけじゃダメって言ったのにー』
『だから、しばらくここで暮らそーかと』

想定外の台詞が脳髄にがんときて、頭痛と一緒に言葉も木っ端に吹っ飛んだ。

『薪代とか油代とか色々浮くだろ』
『それ名案だね!』
『ちょ、待っ……勝手に話進めないで!』
『何だよ、ルーシィだって願ったりだろ。生活費ヤバイって泣いてたじゃねーか』

戻った言葉も再び封じられる。確かに言う通りだからだ。ぐうの音も出ない。

『し・しばらくって、いつまで?』
『あん? ……そーだな、じゃあ――』
――ピラーキャンドルが燃え尽きるまで。


押し切られたような、甘んじて受けたような共同生活は、思いの外快適だった。

腹筋でスモークフィッシュを作ったり、湯沸かし・暖房はもちろん、ピラーに買い置きのハニーキャンドルを並べれば明かりも要らない。
一緒にギルドに出掛け、一緒に帰り、同じ部屋で一緒に過ごす。普段と違わないのはベッドの中まで一緒ということだけ。

「ちょっと、くっつかないで!」
「押すなよ落ちる! しゃあねーだろっ」

始めこそ意識したが、そこにあったのはどちらが抱き枕かわからない状態でただ眠るだけの夜。警戒するのが馬鹿らしくなり、

「……布団が温まったら出てってよね」
「ケチ」
「蹴落とすわよ」

布団さえ温まればと思っていたが、結局、一度もナツを蹴落とすことはなかった。
夜の冷え込みに追い出せないまま、結局朝までそのまま寝てしまうのだ。


(……もう朝かぁ……)

腕を枕に、やんわりと抱き締められて眠る夜は――妙に短く物足りず。
心地いい温もりに包まれたまま、ルーシィはもう一眠りと寝返りを打ち、テーブルが視界に入って、しまったと唇を噛んだ。

あれから、もう何日目か。
キャンドルは随分短くなっていた。

(初日に私が夜更かししすぎたせいかな)
(でも、次の日からやめたのに……)

あと何日で燃え尽きるのか。
あと何日――ナツとこうしていられるか。

(大体、何で今まで通りなの?)
(黒いチョコ、ちゃんと渡したのに……)

考えるうちに虚しくなってきた。ブランケットを巻き込むように身じろぎすると、

「ルーシィ? ……どした、寒ぃのか」

気配で目を覚ましたらしいナツに、後ろからぎゅっと抱き締め直された。

(違うよ、やめてよ。寒くなんか……!)

ただ、認めたくないだけなのだ。この腕にとうに懐いてしまっていることを。

カーテンの隙間から光が差してきた。

この日が暮れたら、ナツはまた火を灯す。
そしてロウは溶けていく。

(私にはまだ、口実がなきゃ無理だもん)
(だから、キャンドルが溶けたら……)

――ああ、お願い。早く、暖かくなって。
でも、まだ燃え尽きないで。


***


the Light of My Life +


「「あ」」

二人の声と視線が、同じ一点――細い煙を漂わせるピラーキャンドルへと注がれる。

「消えちゃった……」
「……だな」

輪郭を少し残し、文字通り底を突くようにして、しかし突然に燃え尽きた。
思うよりも時間が掛かった割りには呆気なく、拍子抜けする。こきりと首を鳴らしていると、ルーシィが――今少しの灯のよすがを探すように身を乗り出した途端、琥珀の瞳をそれは大きく見開いた。

その理由は知っている。余裕ぶって、逆の首筋をくきりと鳴らした。

「きゃ……」

ピラーキャンドルをのぞき込んだままの肩を、半ばのし掛かる格好で抱き寄せる。片腕を絡めると、真っ赤になった耳が頬に触れて少し熱かった。

「や〜〜〜〜っと気付いたか」
「こ・これ……っ」

狼狽える声が間近に聞こえる。してやったりとばかりに、喉がくっと勝手に笑った。

「――意味わかるよな?」
「わかっ……てか、あんた最初から!?」
「当たり前だろ」

空いた片腕をテーブルに突いて、女の細い肩越しに、うっすらと固まり始めたロウの底に目を落とす。そこには、あの黒いチョコへの返事の言葉が記されていた。

「ったく、ルーシィなかなか気付かねーのな。焦れったかったぜ……」

昨夜辺りから、火が付いている間はかなり透けて見えていたのだが――この反応からして、微塵も気付いていなかったらしい。

「……ま・回りくどいっ」
「はん、あんな苦いの食わせたお返しだ」

それってお返しじゃなくて仕返し、と喚く肩をシーツの中まで引きずり込むと、

「え、ちょ、ななな何? ね・寝るの?」
「お前なぁ……」

急に狼狽し始めた唇をぺろりと舐めれば、火でも吐けそうなほど赤くなる。

「今まで通りは終わり、だ」

文字を目でなぞった時のように、大きく見開いた瞳。映るのは自分だけだった。


今考えても、別の言葉は浮かばない。
ルーシィ以外考えられない。

the Light of My Life――人生最愛の人。


***
Absurd Lovers:ゆーく様よりWhite Dayを頂戴致しました。

策士ルーシィに対抗して策士ナツv

自覚ナツは本当ドS…そしてそこが良い。
なにせ獣は実力社会。
でも優しくて暖かくて、絶大な愛を感じます。
そんなナツルーが大好き。

個人的には自覚してるのに天然なルーシィがドストライクですv

しっかりがっつり頂戴致しましたが、素敵なホワイトデーをありがとうございます!!


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