依頼主の家を出てから、駅までの距離徒歩15分。5分程歩いたところでナツが聞き捨てならないセリフを吐いた。

「なぁに?」

ルーシィはナツの耳を引っ張って下から睨め付けてみたが、彼は軽く冷や汗を流しただけで視線が交わることはなかった。ずっと、逸らされたままでルーシィの目を見ようとはしない。

「もう一度、言ってごらんなさいよ」

空いた手でマフラーを掴み、逃げられないように足の甲を踏みつけてから、もう一度耳を引っ張る手に力を込めた。そうやってからようやく渋々、といった風に、ナツがルーシィと目を合わせて口を開いた。

「2割も貰えたじゃねぇか」
「あぁ?」
「柄悪ぃぞ!」
「悪くもなるわよ!」

ぎりぎりと耳を痛めつけながら「爪!爪刺さってる!」とのナツの訴えを無視して、目を吊り上げる。

「あんたのせいで報酬2割しか貰えなかったんじゃない!」
「オ、オレのせいじゃ」
「きっぱりとあんたのせいよ!」

今回の仕事の取り分で、家賃の足りない分を補う予定だった。取り分を増やすためにハッピーまでギルドに置いてきたというのに。

「2割全部貰っても足りないじゃないの!」
「おい、オレタダ働きかよ」
「当たり前でしょ!?」

注意力散漫なナツが敵と依頼主をまとめてぶっ飛ばしたせいで、こんなことになったのだ。
しかし耳から手を離して鼻先に指を突きつけてやると、存外あっさりと大人しくなったので、ルーシィは首を傾げた。

「どした?」
「それはこっちのセリフよ。なぁんかおかしいわねぇ…」
「別におかしかねぇだろ。オレだってルーシィの家賃心配だからな」
「ナツ…」

なんと優しい。乱暴でうるさくてデリカシーの欠片もなくて非常識で子供だけれど、あたしの家賃を気にして今後も馬車馬のようにタダ働きしてくれるなんて。

「お前全部口に出てるからな。そして何勝手にこれからも、みたいにしてんだよ」

半眼のナツがルーシィの頬に手を伸ばした。それをひょい、と避けながら、ルーシィはマフラーを引き寄せる。
ナツの顔が引力に任せて近付いてきた。それをこつん、と額を合わせることで止めて、ルーシィはナツを睨んだ。

「で?何企んでるの?」

至近距離のナツの顔は多少赤い気がしないでもないが、まずそんなはずはない。ルーシィはナツのそういった表情が信用できないことを知っている。
数多くの『もしかしたら』が悉く打ち崩されたことにより、ルーシィは学習していた。大体、このくらいの距離はナツの方からホイホイ詰めてくる。今更、だ。
唇に当たる吐息のくすぐったさに目を細めながら、ルーシィはナツの瞳の中の自分を見つめた。

「何も企んでなんかねぇよ。ただルーシィの家賃をオレも払うなら、半分はオレの家だなって思っただけだ」
「あんた不法侵入を正当化する気!?」
「……」

ナツは無言で額を離すと、ルーシィの頬を両手で挟んできた。

「ふ!?」
「おりゃ」
「はにひへんほ!」
「挟んでる」

通じたのかなんなのか、平然と返しながらナツは変な顔、とからから笑った。
ルーシィは結局その笑顔に絆されて、報酬の少なさもナツの企みも突飛な行動も――許してしまう。
温かな手が離れてゆく。それを残念だと思ってしまった思考を散らすように息を吐くと、ルーシィは止まっていた足を踏み出した。

「帰ったらすぐ次の仕事行くわよ」
「おう」
「返事が違う!」
「イエス、マム!」

カツカツと駅への道を進むルーシィの横に、ナツが並んでくる。「あー」と発声練習に似た声を上げたかと思うと、歩きながら話しかけてきた。

「なぁルーシィ」
「なに?」
「いつまで、不法侵入なんだよ?」
「いつまで?」

ナツはまた信用ならない表情をしている。ルーシィは気にも留めずに返答した。

「その法律は変わらないと思うわよ。住居権かなんかの侵害よね…って、聞いてんの?」

ナツは自分で訊いておきながらつまらなさそうに口を尖らせた。


***
carpio:たにし様より50000hit記念DLFを頂戴致しました!

ルーシィの自覚してるくせに天然なところが実は最強だと感じる今日この頃。

ナツはそんなルーシィに振り回されてやきもきしているといいよ、とにやにやしてしまう。

相も変わらずたにしさまの思春期ナツ好きですv
webアンソロの『俺以外見るなよ』の後なイメージだそうで…。
ルーシィの一番をさり気なく狙っている行動がきゅん、とキました。

50000hit本当におめでとうございました!
これからもひっそりこっそり毎日応援しております*


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