暗くて長い廊下、その道しるべとなるあかくて細い光、区切られるように敷き詰められた真っ暗なタイル、映し出されるいくつものモニター、ニタリと笑う、議長。
エルドラド本部は昔から好きになれない。どことなく無機質で感情がなく、人間味がない。全てが完全完璧のように思われるこの建物や存在している人間やアンドロイドはすべてにおいてレトルトのようだった。手作りという人間の愛情などなく初めから終わりまでひとつひとつ細かく均衡がたもたれるべく機械にコントロールされて作られたレトルト。
そんな世界が全てだ、と生まれつき教わり、サッカーはあの忌まわしきセカンドステージチルドレンを生む元凶となったのだから排除するべきとすりこまれ、それを消すためには過去に戻り記憶を改ざんすればよいと信じてきた。これが正しい正しくないうんぬんの前に常識として培われ育ってきたアルファにとって、サッカーは忌まわしく不必要であり、それに加えて、悲しみ、楽しみ、怒り、喜びも不必要であるとし、いつのまにか心を失っていた。
「どこへいく、名前」
小さくはっきりと発せられた粒は漆黒の空気を伝って私の耳の中に入った。目だけをそちらへ向け短く返す。
「さあ、どこへでしょうね。議長のジジイのところにでもいくんじゃないですか?」
「ノー。それは見え透いた嘘だ」
光が決してささない死んだ灰色の瞳はじっと私の瞳をとらえて離さない。
「トウドウ議長はお前を呼んでいない」
「ならばどこへいくと?」
「それを聞いている」
なんの抑揚もなく淡々と話を続け、そろそろ首をこちら側に向けていることが窮屈になり首が痛くなってきたのできちんと向き合った。
「何もアルファ様は関係がないでしょう?」
どうしても話し方がトゲトゲしくなってしまうのは今まで様々な話しかけ方をした結果だ。あるときは明るくバカっぽくふるまい、あるときは従順に綺麗な敬語を使ったつもりだ。またあるときは少しだけ馴れ馴れしく話し、あるときは彼と同じように必要最小限の単語しか発さなかった。
だがなにも状況は変化しない。変化したことといったらエイナムやクオースといった他のプロトコル・オメガのチームメイトに冷たい目で見られ、ベータ様にそんなことやっても無駄むだぁ!とクスクス笑われたことくらいだ。全く変わらなかったというのはどういうことなのだろうか。
「関係ない。ノー、それは間違っている。私はチームメイト全ての行動を把握しておく必要がある。わかっていないのは名前ただ一人だ」
「わかっていないのはアルファ様の心です」
「……?」
きょとん、と灰色の瞳が大きくなった。三十度ばかり首を右にかしげ戸惑いの表情をみせた。
「心とはなんだ?」
「ここに、あるものじゃないですか、」
「イエス、ここは心臓だ。だが心ではないだろう」
ふるふるとかぶりを振りながら私が指す場所が確かに心ではないことを肯定した。たしかにここは心臓であって心ではないだがここにきちんと備わっているものが感情をつかさどる心であるのだ。
「でもここで喜怒哀楽を感じます」
少なくとも私は。アルファ様はどうだかしりませんけど、とモニターに話しかけるようにいった。映し出されたモニターの光が皮膚に反射して青白くなる。
「どういうことだ」
「サッカーの試合に負けたとき、悔しいと感じるでしょう?」
「ノー。私はサッカーで負けたことがない」
「もしもの話です」
「いたる場合において私は負けない。これは決定的なことだ。名前も負けたことがないだろう」
どうですかね、と肩をすくめながら苦笑いを浮かべる。私が言いたいことはそんな安っぽい言葉で片づけられるものではない。伝えられない自分の能力の低さに歯がゆさを感じた。
「それじゃあ勝ったときは、」
「何も思わない。これが常識で普通だからだ」
「ふつう、ねえ」
切り口をかえて話題を元に戻したはいいがあっさりと切り捨てられ今は暗闇の中にまっ逆さまだ。黒はなんでも飲み込んでくれる気がしたからもどかしさと共に飲み込まれればよいのに。
「感情とはなんだ。何故名前は笑う、残念がる、恥ずかしがる、泣く、膨れる?何故ここまで話し方がちがう。何故だ?」
こちらがわがむしろ聞きたいくらいだ。あなたはなぜ、わらわない、くやしがらない、なかない、いからない、たのしまない?なぜ抑揚がない、表情ひとつ変えない、敗けを無いものとみなす?感情とは何か、と訪ねている時点でもうわからなくなってしまっていると証明がおわってしまうようだ。まだ私は諦めてはいないのにかってにQ.E.D.と書き付けられてしまったみたいだ。とても腑に落ちる気がしない。逆にQ.E.D.を帳消しにしてながながと証明を続けたい一心だ。
アルファ様には心が枯れて死んでいるわけではない、まだ生きていると。
「さあ?アルファ様は今なにをお感じで?」
「名前がどこへ行くのかだけ知れればいい」
「じゃあなぜアルファ様は知りたいのですか」
「トウドウ議長が全ての位置を把握し、常に報告しろとおっしゃられたからだ」
「自分からやろうとした意志はこれっぽっちも?」
「ノー、あるわけがない」
とてもしっくりとくるアルファ様らしい解答であったと納得する。それと同時に絶望感に苛まれた。心の奥底の隅っこでひっそりと期待していたらしい、チームメイトが心配だから確認しておくといったものはあっさりといとも容易く砕け散ってしまったのだ。
この人には一生喜びを共に分かち合うことができないのだろうか。私には無理難題なのだろうか。
これまでしてきた行動は無意味で押しつけがましいただのお節介と成り果てた。止めどなくあふれでた空虚感や虚無さは大きな虚像をつくった。
どうすればあなたは感情を取り戻すのでしょう?もしかするともともと存在しなかったのでしょうか?それともいらないものと自ら排除させようと仕向けた大人がいるのでしょうか?
いずれにしても私には無理だった。どう足掻いても無表情で無差別にちぎられる。
「……イエス。すぐに参ります。名前、召集がかかった。来い」
じっと見据えた死んだ灰色の瞳は私の虚ろな瞳をつかむ。ぎゅ、と拳をにぎり回れ右をしてヒラヒラと手を振った。
「ジジイに言っておいてください。私はアルファ様の感情が戻るまで命令には従いません」
そんなことしたってどうせムーブモードでエルドラド本部に強制送還されるのだから、少しだけ声を張り上げてジジイに聞こえるようにそういった。
自分がトウドウのジジイに頼ってしまった悔しさとむなしさともどかしさとはかなさと歯がゆさを胸にしまいこんで振り向いた。
「行きましょう、アルファ様」
眉を潜められ一瞬だけいぶかしげな視線をおくられたのは果たして気のせいだろうか?















隔靴掻痒
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