それは部活の終わり際、陸上部のマネージャーである私は宮坂くんからこんな話を聞いていた。


雷門中サッカー部は全国大会へと駒を進め、そして第一回戦の相手、戦国伊賀島中を下した、と。

そう話す宮坂くんはどこか誇らしげで。ちょっと前まであんなに風丸くんがサッカー部に行くことを反対していたのが嘘みたいだった。


そんな話を私はどこか寂しい想いで、でもやっぱり嬉しいような、複雑な想いで聞いていた。


だけど続く彼の言葉に、一瞬だけ心がぐらりと揺れた気がした。


確かに私は風丸くんを笑顔で見送った。そして彼の選ぶ道なら、と確かに想いを断ち切ったはずだった。

でも、嫌になるほどに未練がましい私を恨んだ。



「風丸さん…もう陸上部に戻って来ることはないそうです。サッカー部で頑張るって。だから俺も昨日の試合を見てようやく風丸さんを見送れました…」


風丸くんが陸上部に戻って来ることはない。

そんなのは最初から分かっていた。腹を括っていたはずだった。

でもどこか期待していたのかもしれない。戻って来るはずはないのに。



「苗字さんは凄いですよ…。俺、苗字さんが一番風丸さんがサッカー部に行くのを拒むと思ってましたから。でも最初から見送れるなんて」


そんなことはない。私はこんなにも未練がましい。

あの時は確かに見送った。だけど今はこんなにも風丸くんに執着してたんだって気付いた。



「じゃあ俺着替えてきますね。苗字さんも暗くならないうちに帰ってくださいよ!」


宮坂くんはそう言うと私に背を向け走り出した。その影はあっという間に消えていく。

一人になった私は何となく寂しい想いを抱きながらもドリンクやストップウォッチを片付けるべく動き出した。


そしてそんな時だった。後ろから声がしたのは…。



「名前」


私はおもむろに振り返った。そこにいたのは忘れるはずもない、風丸くんだった。



「風丸くん、どうして…」


風丸くんは静かに微笑むと私との距離を縮めていった。そしてゆっくり言葉を紡いだ。



「最後に、お願いがあるんだ…」

「お願い…?」


風丸くんは私の持っていたケースをごそごそと探り、そして目的の物を見つけたのかそれを取り出すと私に差し出した。



「最後に…タイムを測ってほしいんだ…。これが最後、これで陸上に区切りをつけたい」

「風丸、くん…」

「名前に測ってほしい…。ダメか?」


真剣で、でもどこか寂しそうな風丸くんに私は首を横に振ることが出来なかった。

私はドリンクやストップウォッチが入っているこのケースを地面に置き、風丸くんからそのストップウォッチを受け取った。

風丸くんはニコリと微笑むとスタートラインに立つ。私はゴールラインに立ち、最後であろう風丸くんの走りを待ち構えていた。


最後。

この言葉が胸に突き刺さる。でも泣くわけにはいかないんだ。

グッと涙を堪え私は風丸くんが走り出すと同時にボタンを押した。


疾風が私の前を通りすぎる。そしてそれと同時に、私は役目を終えた…。




「名前…どうだった…?」



知ってるから、全て。

全て私の頭のなかに残ってる。


アナタが走る姿も、記録も、全部全部。

ずっと、ずっと、見てきたから。




「今までで…一番、いい記録…だよ…っ…。最高の…風丸くんだった…」



知ってるよ。ずっと見てきたから。

ずっと追いかけて来たから分かってる。

今までで一番、キラキラ輝いていたことも…。




「ありがとう…」



彼がここに、このフィールドに帰ってくることはもうない。

そして、この記録が更新されることもない。


今まででも、そしてこれからも、ずっとずっと…。



全ては終わった。彼は新しい道へと歩み続ける。

だけど私は、そんな彼をこれからも好きでいるんだろう―…。




「サッカー…頑張ってね…」

「あぁ…」


涙が出ないように、そっと私はストップウォッチを握り締めた―…。















空前絶後
これまでも、これからも
ないと思われること







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