好きな女が出来た。そいつはまだ名前も知らなくて、多分雰囲気から年上だという事は何となく感じているくらいだ。きっかけはちょっとした事だった。俺が電車を降りた時、そいつは慌てて俺についてきたのだ。話しかけられて少々戸惑ったものの、そいつはただ俺が落とした単語帳を拾ってきてくれただけで。ふわりと「落としたよ」なんて笑うそいつにただ見惚れていた。しかもそいつ、俺の単語帳を拾って俺に届けた代わりに電車に乗り遅れてて。本当、変なヤツだって思う反面俺はそいつに惹かれていたんだと思う。その日からいつも同じ電車に乗るそいつをいつの間にか視界に入れてて。たまたま一緒にいた天馬なんかには「あの剣城が恋してる!」と騒がれたものだ。だが、それも今日で終わる。高校を卒業になったため、
大学に入るついでに独り暮らしをすると両親に話してみたのだ。するといい物件が見つかるまで俺は独り暮らしの兄さんの家に預かられる事になったのだ。兄さんと同じ大学へ進むため、兄さんの家と俺の入る大学は近い。つまり、もうあの電車に乗る必要はないのだ。もう二度とあの女に会えないのだと思うと悲しくなった。らしくもないが、あれは俺の中の初恋で、「初恋は実らないものだ」なんてよく言ったものだ、と思う。




「京介、今日はお客さんが来るから。きっと京介も気に入るぞ」

「………は?」

「俺の後輩だ。直にお前の先輩になる………って言ってる傍から来たな」




ピンポン、と無機質なインターホンに兄さんはバタバタと玄関へ駆け出す。俺も気になって足を向けてみたのだが玄関で兄さんと一緒にいたのはなんとあの女だった。女はこちらを見るなりあの笑顔でふわりと口元に弧を描いていて。思わず顔を赤らめて、魅入ってしまった。まずい、可愛い。




「お、来た来た。コイツ、俺の弟の京介だ。もうじき名前の後輩になるぞ。ホラ京介、挨拶」

「兄が、いつもお世話になってます……」

「へぇ、優一先輩に似てカッコいいですね!京介君絶対モテるでしょ?」

「え、あ……」

「あー名前、京介は照れ屋だから気にしないで」

「あはは、可愛いですねー」




淡々と会話を続ける兄さんと女。どうやら女は名前と言うらしい。というか、兄さんとどんな関係だというんだ。一応、恋仲ではなさそうだ。するとリビングから電話が鳴って兄さんが「俺が出るから京介、名前に話しておいてくれ」と駆け足でリビングに戻っていく。少しだけ沈黙が続きふと名前……さんと目が合う。にっこりと笑う名前さんに顔が熱くなるのはやはり俺はこいつが好きだから、だろう。また会えるなんて思ってもいなかった。もしかしたらこれは類まれなる奇跡ではないだろうか。




「京介君ってサッカー上手なんだってね?優一先輩から聞いたよ。サッカー部入るの?」

「……はい、そのつもりです。……名前、先輩」

「あはは、先輩かぁ!いい響き!サッカー部入るなら私、マネージャーなんだ!今日はたまたま通るついでに優一先輩に対戦相手の資料を持ってきたからぜひ見てね!」




そういう事か。よかった、やはり恋仲ではなさそうだ。というか、名前先輩はマネージャーをやってるのか。少しだけ元気に自分を応援してくれる先輩を想像してしまいまた顔が熱くなる。そんな俺に名前先輩はくすくすと笑って首を傾げた。




「変だよね。なんだか京介君とは初めて会った気がしないかも。大学入学したらよろしくね、京介君!」




とびきりの笑顔で俺に手を差し伸べる先輩にドキン、と鼓動が高まる。にやける口元が止まらない。震える手でその手に答えて「よろしくお願いします」とだけ言うと名前先輩は嬉しそうに頷いた。もう会えないと思っていた先輩に俺は会えることが出来た。しかもマネージャーと選手というなんともおいしい関係にもなれる。千載一遇とはこの事か、と口を緩めた。どうやら俺の初恋はこれからが始まりだったようだ。












千載一遇
千年に一度しか巡り合えない程
まれなこと







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