Sceggiöld | ナノ

舞台裏での閑話

「イーヴァが本部に異動だぁ…?」

それは、イーヴァと共にボスの執務室へ向かう前日のことだった。朝っぱらから自分でも素っ頓狂な声が出てしまったと思う。なんせXANXUSの第一声が「本部がイーヴァを寄越せと言っている」だったからだ。
たしかXANXUSが本部に出向いたのは昨日だったか。その間にイーヴァの人事異動が決まってるなんざ誰が分かるだろうか。


「マーモンが連れてきた時に何も言わなかったんだろぉ!本部の奴らは一体何考えてやがんだぁ…!」
「……知るか。俺に聞くんじゃねえ」


XANXUSは心底面倒臭そうにそう言った。どうやらこいつの中でイーヴァの存在感はかなり薄いらしい。イーヴァもXANXUSが苦手だと言ってたっけか。つーか、マーモンがスカウトした時も幹部に上げることになった時もお前が了承したんじゃねえのかぁ!?と声高らかに言いたい。

そんなボスのデスクには本部から送られてきた書類の束が重ねられていて、一番上にはイーヴァ・ロシュへの辞令が記されていた。その横には九代目の書印まで。これはガチモンだ。


「ただ、気に食わねえのは今回の辞令に家光が関与してやがったことだ」
「はあ?!なんだって門外顧問が!」
「ロクな理由じゃねえのは確かだろうな。んな事くらいちったあ考えろカスが」


一体全体、何が起きている。

何であんな血なまぐさい女をわざわざ本部に置いておく必要がある?まあマフィアっつーのは大概血なまぐさい奴等しかいないが、あいつは本部なんぞが手に終えるタマじゃねえ。常識人ぶってるがベルと同じ快楽殺人者だ。ここは強ければ何をやっても許される組織だが、本部はそうもいかねぇ。イーヴァは確実に発狂すんだろうな。
大体、ヴァリアーから本部に異動になった奴なんて見た事がねえぞ。俺達はボンゴレから独立した組織で暗殺と本部の仕事は大きく違うっつーのに。

「俺をわざわざ呼び出したんだ、どんな話かと思えばアバティーノがなんちゃらとほざいてきやがった。イーヴァが何か言ってなかったかともな」
「アバティーノだと…?ついこの前俺達が殲滅したファミリーじゃねえかぁ。最終報告書はまだ上げてねえが、終わったことをなんで蒸し返して…」


そう言いかけてイーヴァの横顔が浮かび上がった。あの馬鹿デカイ断頭斧に背を預け、阿鼻叫喚の場でバルトロの死体をじっ見つめるイーヴァ。月明かりに照らされる怪訝そうに顰められた眉。まるで何か、受け入れ難い事実を目の当たりにしているかのような顔を思い出す。


「……イーヴァの奴、バルトロの死体がおかしいっつってたな」
「どういう意味だ」
「本部には報告はあげてねえが、マーモンとこの研究室に死体の一部を調べさせてある。そろそろイーヴァが結果を聞きに行ってるはずだぜぇ」

そう言うと、XANXUSの灼眼がじっと俺を見つめたかと思えば、ぽつりと囁いた。



「……そう言うことか」
「は?」


突然、XANXUSの目の色が変わった。確信めいたその瞳には先程まで無かった興味の色が灯っているようだった。そして釣り上がる口元。ついには肩を揺らして笑いはじめたではないか。何がXANXUSをそうさせたかといえば、間違いなくイーヴァなのだろうが。


「…ぶは!ジジイ共が考えつきそうなことだな…!」
「ゔお゙ぉい!どういう意味だぁ!」
「どうもこうもねぇ。本部がイーヴァを欲しがってんのはこの先必要になるからだ」
「はあ?!!話が読めねえぞぉ!」
「うるせえ、どうせテメェの脳味噌じゃ理解出来ねえだろうな。ドカスが」
「な゙、ロクに説明されてねえのに何いってんだぁ!!!」

そう叫んだ俺を無視してXANXUSは椅子から立ち上がり、執務室をあとにしようとする。そして扉の前で立ち止まった。



「イーヴァを本部にくれてやるのが惜しくなった。あのカスをこの件の指揮官に立てる」
「!」
「そうすりゃあ本部はこの一件が終わるまでイーヴァを動かせねえ」


たしかに指揮官となっていれば組織の構造上、その人材を無理矢理異動させることは出来ない。一度組んだ配役をまた一からやり直さなければならなくなるからだ。ヴァリアーにとってそれは損益となる。そして渦中の人物を指揮官として立てることでXANXUSは本部の連中を突っぱねる気なんだろう。恐らく一種の賭けに出るつもりなんじゃねえのか。まあこれは俺の予測でしかないのだが。

いくら本部の一部の人間が俺たちを快く思っていなくても、大っぴらな嫌がらせは出来ねえ。ましてや九代目の息がかかってるんだからな。
しかし謎が残っている。《アバティーノファミリー》について深追いする本部、そして門外顧問だ。


「……バルトロの件はまだ終わってねえのかぁ?」


そう言うやいなや頭に衝撃が走った。視界が揺れ、激痛がこめかみ辺りに集中している。どうやらXANXUSの鉄拳が飛んできたようだった。思わずフラついてしまったが、このまま倒れるわけにはいかねえ。何とか踏み止まった。

「ゔお゙ぉい!!なにすんだぁ!!」
「お前はつくづくカスだな。……むしろ始まんのはこれからなんだよ」

XANXUSは淡々とそう言った。その顔は愉快そうに歪められていて、それだけで今回のヤマがとんでもねえ規模だっつーのが窺えた。

そして次の日、事の真相をイーヴァから告げられる。バルトロが『既に死んでいた』こと。そして何者かがその身体を弄って操作していたこと。俺がまったく気付かなかった次元の話だった。マーモンの見解では術士にしか見破れなかったとしているが、そうじゃねえ。

マーモンは"わざと"的を外したようだった。あいつは何かとイーヴァには甘い所がある。それが優しさなのか意図したことなのかは定かじゃねえが、XANXUSはイーヴァだからこそあの生きた屍の存在に気づけたと考えているようだった。

そしてそれにイーヴァが関与していると本部の連中が息巻いていることをまだ本人は知らない。





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