Sceggiöld | ナノ

からっぽだから綺麗だった

(過去話)


「スクアーロ隊長」
「…あ゙ぁ?」
「包帯取り替えましょう」

誰だったか。ちらりと視線だけ寄越すと女の黒髪が視界に映った。さらさらと絹のように細いその髪はゆるやかに纏まっていて片耳に掛けられている。
それから、長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳が二つ。一見ゆるやかな口調で物静かに見えるが、こいつの目を見た瞬間に分かった。前髪の間から覗くそれは何かを見定めるようにギラついていた。


「マーモン隊長補佐官のイーヴァ ロシュです。…あ、覚えていただかなくてもいいですよ」

俺の怪訝な顔を読み取ったのかそうハッキリと言ったが、肝心の顔は能面のような無表情だった。くわえて血が通っているのか疑問に思うほどに、女、イーヴァ ロシュの肌は青白かった。
突然現れたこの女を覚えておくつもりなんぞなかったが……こう、向こうからそう言われると引っ掛かるもんだな。


そこでふと思い出した。イーヴァ ロシュ。何年か前にマーモンが休暇から帰ってきたと思えば「興味深いから連れてきた」と入隊させた奴じゃねえか。

肝が据わった女だと聞いたことがある。どんな任務でも物怖じせず、むしろ男より我先に標的に飛び掛る血色を好む奴だと。

術士の素質があるのにも関わらずそれを良しとせず、女とは思えない怪力で使い古された馬鹿デカイ断頭斧を振り翳す『執行人』だと周囲からは噂されている。こいつの戦闘スタイルが相手の首を刎ねることからそういわれているらしい。「中々クレイジーなやつが入ってきたじゃん」とベルが早々にナイフを投げていたのを覚えている。お前が言えた口じゃねえがな。



「医務員はどうしたぁ」
「人手が足りてないようです。なので私が傷の手当に回るように言いつけられまして」
「……そうかぁ」

簡素にそういうと、イーヴァは替えの包帯が入ったトレーをベッドサイドに置いた。確かに見るところ、イーヴァの傷は見受けられない。あの喧騒の中を軽症でやりきったということなんだろう。



ヴァリアーに下された九代目の判断は謹慎処分と言う名の軟禁だった。二度もクーデターを起こされていてこの程度とは正直唖然とした。それがXANXUSを配慮してなのか、それともこの生半可な状態が俺たちにとって一番堪えること知っているからなのかは分からない。

それからイタリアに戻ってきたものの、ほとんどが負傷者で戦力はまだまだ戻りそうにねぇ。俺もこうして自室に篭もりっぱなしだ。廊下は隊員よりヴァリアー専属の医者が行ったり来たりしている方が多い。そこでこの女は使いっぱしりにされているらしい。



「頭の包帯から変えてもいいですか?」
「好きにしろぉ」

確認を取ると、イーヴァはテキパキと包帯を解いていく。そして止血と消毒が施されているガーゼをゆっくりと剥がす。縫い合わされた皮膚が引きつる感覚があったが傷口を見たイーヴァは少し目を見開いた。

「治るのはやいですね」
「いつもこんなモンだがなぁ」
「とても瀕死だった人の傷には思えません。やっぱりスクアーロ隊長は再生能力も鮫並みなんですね」
「ゔお゙ぉい!そりゃどういう意味だぁ!」
「え、そのままの意味ですけど…」

瀕死。そう、俺はボンゴレの刀小僧に負け、こうして生き恥を晒しながら生き残ってしまった。目的もなくここに帰ってきたものの、いつ終わるのか分からない謹慎は余計に俺の心に重くのしかかっていた。俺はXANXUSの剣としてあるべきだった。なのにXANXUSは本部で幽閉されている。そして俺はこのザマだ。


イーヴァは同じ薬が付けられたガーゼを傷口にテーピングで器用に固定し、終わると再び包帯を巻いていく。手慣れているのか、もたつきもせずに綺麗に包帯が巻かれていく。ベッドに腰掛ける俺は必然的にイーヴァを見上げる形となった。すると、ふわりと石鹸の匂いがした。

(…首をかっ攫うよーな奴だっつうのに、…)




「ああでも、こっちはまだまだですからあんまり無理しないでください。さすがに鮫並みの再生力でも傷が開いて出血すれば意味無いですから」

いつの間にはしゃがみ込み腹の傷を見ながらイーヴァが呟いたのを聞いて、ハッとする。気付けば包帯はすべて変えられていた。下を見れば今度は真っ直ぐ琥珀色の瞳と目が合った。見上げる形で俺を見つめてくるその瞳に一瞬くらりとしたきがした。



「終わりましたよ。あとこれ、追加の傷の炎症を抑える薬です。毎食後に飲んでくださいとのことです。何かあれば午後から医者の回診があると思いますので……」
「………ちょっと待て」
「はい?」

テキパキと使い終わった包帯を丸めてそれをゴミ袋に入れると、早々に退散しようとするイーヴァの手を思わず掴んでしまった。不思議そうに首を傾げられ、慌てて手を離す。

「いや、……ありがとなぁ」
「あはは。お礼言われるようなことしてません。仕事ですから」
「な゙、…お前、友達いねえタイプだろぉ」
「あー確かに産まれてこの方いません」
「ゔぉい!ケロッとした顔でいうんじゃねえ!」

仏頂面のわりに、口を開けば適当なことを抜かす女だった。最初の印象とまるで違う。こんなふざけたやつだったとは知らなかった。マーモンは一体どんなに教育してやがんだ。
そして当の本人といえば何故かきょとんとした顔をして俺を見ている。


「意外ですね。スクアーロ隊長は沢山お友達いるんですか?」
「んな馴れ合うような奴は必要ねぇ。俺にはXANXUSがいるからなぁ」
「ああ、そういう。親密な仲なんですね…どうりで…」
「ゔお゙ぉい!!なんか勘違いしてねえかぁ?!」
「大丈夫ですよ私偏見ないですから」
「話を聞けぇ!!」
「ジョークですよジョーク」

ヘラヘラと笑うイーヴァにイラッとした。何なんだこいつは。スルスルと掴み所のない蛇みてぇだ。完全にペースを取られている。俺の話の先をついてるような、そんな気がする。
肩を揺らして噛み殺すようにひときしり笑ったイーヴァは目を細めたまま「でしたら」と続けた。


「訂正します。わたしにはマーモン隊長がいました。まあビジネスライクですけど」
「…お前、マーモンにスカウトされて来たんだってなぁ」
「ええまあ、半強制的でしたけどね」

そう言ったイーヴァの顔は嬉しそうな悲しそうな、なんとも言えない顔をした。しかし、すぐに元の無表情に戻る。


「あ、言い忘れてました。実は私、今度幹部に上がることになったんです」
「は、」
「なのでもう呼び捨てしますね、スクアーロ」


そういってイーヴァは悪戯っぽく笑った。










懐かしい夢を見た。起き上がって冷蔵庫へ向かう。取り出したミネラルウォーターを一気飲みすると、乾いていた喉に潤いが戻る。もう何年前だ?あれはイーヴァという存在をこの目で知った日のことだ。

「重症過ぎんだろぉ…」

思わず額に手を当てて天を仰ぐ。
前々から気付いていた。イーヴァは病的に人の心に入り込むのが上手い。それが本人が意図としてしている事かはわからないが、いや、やはりあれは無意識だろう。
その証拠に俺の心にはイーヴァが巣食ってしまっている。時々、あいつは何か魔力を持つ魔女かなにかではないのかと思うのだ。

大体、あんな下着姿のイーヴァを見てしまって、抱き上げだ時に甘えるように抱きついたのが悪い。よく手を出さずに居られたと思わねえか。寝顔を見て何度あの唇に噛み付いてやろうかと思ったことか。そのまま押し倒して、下着の下へ指を這わせたいと思ったことか。

しかし、本人を目の前にしてしまえば何も出来なかった。まるで童貞だ。勘弁してくれ。


「あ゙ーーー!クッソ!」


ムシャクシャする頭を掻き回して、隊服のカッターシャツに手を伸ばす。どうせ二度寝はできねぇ。飯でも食いに行って、んで談話室でイーヴァが起きてくるのを待とう。


今日は何せ、本部に出向かなければならないのだから。



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