誤差の範囲内だから
「…という訳で、今回の件について本部に追加報告をあげることになりました」 「……」 「以上です」
イーヴァの目の前にはデスクに足をあげ、ふんぞり返っているボスが居る。今回の件についてボスの耳に入れておかなければならなかったからだ。
ここだけの話、私はあの灼眼が苦手である。
ボスの憤怒の炎はすべてを焼き尽くしてしまう業火だ。その炎が彼の瞳には宿っている。そしてすべて見透かしているような瞳が私は苦手だった。毎度のことではあるが、恐らくわたしの顔は引き攣っているかもしれない。苦手意識というものは中々拭えるものではないのだ。
獰猛な動物を目の前にした人間の生理現象と言うべきか、自分より強い者に対しての畏怖の念というやつだろう。勿論、ボスとは一戦どころか交えたことすらないけれど、決して敵わないと思う。そう思わせる何かをボスは持っている。人はそれを崇拝と呼ぶのだろうけど。
「ゔお゙ぉい、ボスさんいいのかぁ?素直に報告しちまったら手柄を本部に取られちまうぜぇ」
わたしの隣にいたスクアーロは腕を組み、眉間に皺を寄せてそう言った。
今回の件を知ったスクアーロの反応は意外にも微妙だった。「イーヴァの勘が当たったっつー事かぁ」とだけ。彼がその後何を思ったかは分からないが真っ先に暴れられることを喜びそうな彼があんな渋い顔をするなんて。
しかしスクアーロの言う通り、本部は我々から指揮権を奪うだろう。過去に二度ヴァリアーは本部の信頼を裏切っている。けれどもしこの一件を我々が成し遂げてしまえばヴァリアーの地位は再び浮上するだろう。それをよく思わない輩が本部にはうようよいる。
今までも手柄を横取りされたと思わしきことは何度かあった。けれどこちらから何か意見することは出来ない。だからこそヴァリアーは本部の連中を好いていないのだ。それはあちらもなのだろうけど。
「るせぇ」
そう短く呟いて、目を閉じていたボスがゆっくりと瞳を開く。灼眼の瞳が一瞬愉快そうに細まり、口の端をつり上げた。 そして、その瞳はあろうことかこちらに向けられたのだ。
途端に背筋がゾクッとして身体が縮こまったような気がした。また見透かされている。まるで私の『背景』を見られているようなそんな感覚。圧迫感、威圧感。存在を脅かされているような気持ちになる。
そういえば、ボスには"超直感"があると聞いたことがある。ブラットオブボンゴレではないとされていたが、それでもあの見透かす目は十代目となる沢田綱吉の持つそれと同じような気がした。
「おいカス、テメェが指揮を取れ」
ボスは一言、それだけ言った。
「わ、わたしがですか?」 「なんだ文句あんのか」 「…いやむしろ、私でいいんですか」 「問題ねえから言ってんだろ。黙って従え」 「はい…」 「指揮権はヴァリアーが握る。……カス共がどう出るか見る必要があるからな」
口答えされたと思ったのかビリビリとボスの空気がピリつく。やだなあ、反抗しようなんてそんなの思ってませんよお。
それにしても本部の上層部の出方を待つとは一体どういうことなのだろうか。疑問を口に出そうとしたけれどこれ以上ボスを刺激するのは得策ではない。喉まで出かかった言葉を飲み込む。
しかし彼が行動に出るということは今回のヤマは相当厄介なのではないだろうか。恐らくボスの超直感が何かを感じ取ってしまったのではないだろうか。だって、あのボスが神妙な顔をしているのだから。 私より随分ボスと付き合いの長いスクアーロでさえ、隣で悟ったように押し黙っている。
となれば引き続き《アバティーノファミリー》とその背後にあるはずの黒幕についてもう一度洗い直さねばならないということだ。幹部の中で一番のぺーぺーのわたしが。
「あ゙いたっ」 「ゔお゙ぉい、考え事はいいがちゃんと前見ろよぉ」 「スクアーロが急に止まるからじゃん」
ボスの執務室を後にした私はスクアーロの後ろを歩いていたのだが、突然立ち止まった彼の背中に追突してしまう。 ぶつけた鼻をさすりながら振り向いたスクアーロを見上げる。どうやら先程から話しかけられていたらしい。だというのに私は生返事しかしない。それで痺れを切らした彼が立ち止まり振り向いたのだ。
「珍しいなぁ、イーヴァが考え込むなんざ」 「失敬な。てかそれマーモンにも言われたような気がする」 「重症なんじゃねえかぁ?頭が」 「なんだとコラ」
今度はスクアーロと並んで歩き出す。相変わらず大股な彼は私に合わせるためか、ゆっくりと歩を進めていた。 ヴァリアーの屋敷は広い。ボスの執務室は幹部棟の一番奥にある。それぞれの自室に帰るためには少し距離があるのだ。
「てかさ、ペーペーの私が指揮官でいいのかね?」 「ゔお゙ぉい、そんなこと気にしてたのかぁ?」
ふと、先程から私の頭を悩ませている事案を口に出した。するとスクアーロは半ば呆れたような顔をした。 大体幹部の中で一番のペーペーの私が指揮官なんぞボスのご乱心でしかないだろう。自分の部隊すら適当にあしらっているというのに全体の指揮なんて。無理無理。
「そりゃ気にするでしょ」
スクアーロは他人を動かすのが上手い。これは生まれ持った才能だと思う。ボスとはまだ違ったカリスマ性を持っているのだと私は思っている。というか幹部メンバーみんなそれぞれ人を惹きつける何かを持ってるんだよね。 それに比べて私は殺ししか能の無い女です。この男社会のヴァリアーで女が上に立つのは中々波風立つんだよ。入隊当初はよく他の隊の隊員からイチャモンをつけられたもんだ。「女のくせに」が常套句。あー本当に男って面倒臭い。どうにかして女を下に敷きたがる。
けれど初任務の後から誰も文句を言わなくなった。代わりにイーヴァロシュ男説が流れた。あの馬鹿でかい断頭斧を振り回す私を見て本当は男だと思ったヤツらがいたらしい。ばっきゃろ、ちゃんと乳ついとるわ!(後にこの話をしたらベルに爆笑された)
幹部に昇進するってなった時もマーモンに大反対したのだ。面倒事が増えるからと。けれどボスは何を思ったのかすんなり承認してしまった。 ベルとはマーモンを通じて既に顔見知りだった(ベルフェゴールナイフ被害者の会を設立したい)のもあってか歓迎された。ルッスーリアは同じ女子?の幹部を喜んでいたしレヴィはボスの承認を受けた私を嫉妬で妬んでいたし、スクアーロとは昇進直前に知り合ったので「来やがったかぁ」とかなんとか言ってたかな。懐かしい。
「私は下っ端でバッサバッサ首跳ね飛ばしてるほうが性に合ってるんだよー」 「確かに前線にいねぇイーヴァなんざイーヴァじゃねえなぁ」 「でしょ?私ボスに嫌われてんのかな?スクアーロいびりに飽きたからイーヴァいびりみたいな」 「そりゃねえ。俺も昨日ブン殴られたばっかだしなぁ」 「え、スクアーロってマゾなの?」 「ゔお゙ぉい!!気色悪いこというんじゃねぇ!」
爆音で反論してきたスクアーロに「うるさー」と両手で耳を塞いで文句を言えば、彼は先ほどと打って変わって私の顔をじっと見つめてきた。え、突然どうしたのだろうか。というか何でそんな探るような顔をするんだろう。
「……何あたしの顔おかしい?ちなみに整形はしたことないよ?」 「誰もンな事聞いてねえぞぉ!ま、そだな…なんでもねぇ」
歯切れが悪いスクアーロなんて珍しい。
「あ、じゃあ私こっちだから」 「…お゙う、またなぁ」
そういって軽く手を挙げて反対方向へ進むスクアーロに違和感を感じたものの、気付かないふりが上手い私は廊下を曲がったのだった。
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