Sceggiöld | ナノ

元上司の呼び出し



「イーヴァ、また倒れたんだって?」

ちょこんとデスクに腰掛ける黒フードを被った赤ん坊が私を見上げる。けれど、その奥の瞳は見えない。への字の口元だけが彼の表情を読み取る術だ。

マーモンとの付き合いは長い。

彼は元直属の上司で、わたしの諸事情その他諸々を唯一知る人物でもある。なんせ私をヴァリアーに連れてきたのは彼なのだから。


「君は忘れた頃に倒れるよね。あの怪力と斧の副作用かい?」
「ま、そんなところすね…」
「しかもまたスクアーロに助けられたらしいじゃないか。ベルが言ってたよ」
「え、何でベルが知ってんだろ」
「スクアーロが君の部屋から出てくるのを見てたんだってさ」
「ああ、なるほどそれで。あんにゃろまたあることない事言いふらしそうだな…」
「スクアーロが二回イーヴァの部屋から出てくるのを見たから『二発はヤってんね』って言ってたよ」
「ベルって今日いたっけ?ちょっと呼び出そう?」
「残念、今頃フランスで任務中だね」



ベル今度見つけたら殴る。



「またルッスがしばらく五月蝿いじゃん…スクアーロは倒れてたところを助けてくれただけなのに…あ、あとトマトリゾット作ってもらってたの食べたけど美味しかった」
「へえ」
「よくよく考えてみればスクアーロには助けられてばっかりだな。今までちゃんと言ったことがなかったからお礼言っといたけど」
「珍しいじゃないか。君が改めてモノを考えるなんて」
「失敬な。わたしだってちゃんと考えますよぅ」
「で、君はどうしたいんだい」
「…どうしたいとは?」
「まさか気づいてないとか言わないよね?」
「え?何が?」

ついつい昔の癖で二人分のレモネード入れて、片方をマーモンへと差し出した。彼は黙って受け取ると深くため息をつく。


ここはマーモンの部屋だ。元々ヴァリアーの屋敷は薄暗いつくりなのだが、彼の部屋は更に光を寄せ付けない作りになっていて分厚いカーテンで太陽の光は殆ど遮断されていている。
何かの参考書で埋め尽くされた部屋、マーモンお抱えの研究室も設備されている。かつて彼の補佐官時代はよくここに滞在していたのだが、幹部になった今も時々こうして訪ねることがある。それは大抵、彼に多額の報酬が入って金勘定に付き合わされる時だったりするのだが。銀行振込の時は楽なんだけど、相手によっては手渡し現金一括払いのときがあるんだよね。何でだろうね?


「もはや鈍感とかそういうレベルですらないね。可哀想に」
「話が全く読めない上に貶されてる…」
「イーヴァが分かるレベルに噛み砕いて欲しいなら教えるよ。高いけど」
「あ、なら結構です」

私が言うのもなんだけど、マーモンは見た目こそかわいらしい赤ん坊だけど金銭が絡むと本当に怖い。同僚相手でも手助けや情報を渡す代わりに高額な報酬を要求するような人だ。
そもそも彼が異常に金に執着するのはアルコバレーノの呪いを解くためだと聞いている。あらゆる手段を可能にするためにお金は必要不可欠だからだ。

「てか早く今の補佐官に手伝わせたほうがよくない?その方が効率いいのに」
「君は他人に無頓着だけど律儀に言いつけは守る奴だったから任せてたんだよ」
「それ、褒められてるんですかね?」
「じゃなきゃ僕の大事な金に触らせるわけないだろ」

わたしは彼の補佐官時代が長かったのもあって謎の信頼を得てしまっていた。お陰で未だに金勘定を手伝わされている。イタリア人にはない生真面目さを買われているらしい。…現役補佐官に妬まれたらどうしよう。


「というか今日は頼んでたあの死体の見解を聞きに来たんだった。なんで私お金数えてるんだろびっくりだよ」
「ム、その"お礼"に僕の手伝いを買って出てくれたんだよね」
「……なるほどそういうことか」



今日私がここに来たのは先日の殲滅任務で持ち帰った死体の一部についての見解を求めるためだ。
目の前にいるマーモンに本部から渡されていた資料と、今回の身辺調査で新たに発覚した事実をまとめたものを手渡した。
パラパラとマーモンの小さな手がそれをめくって目で読み上げていく。暫くして、その手が止まったのを見計らい私は口を動かした。


「この《アバティーノファミリー》、ボンゴレと同盟を組んで傘下にいたほどのファミリーだったのにバルトロの代から突然破棄してるんだよね」


そこで自分で淹れたレモネードを一口含む。口の中に酸味のきいた爽やかな檸檬の味が広がった。

今回の殲滅任務はこの《アバティーノファミリー》の身辺調査からはじまった。本部から提供された資料を元に情報屋をあたり、洗いざらい調べあげた。
ボスであったバルトロは相当な野心家で有名だったようで先代が急死した後、跡を継いだ頃から妙な噂が流れるようになったらしい。丁度、同盟を破棄したのもこの辺りのようだった。

「最近はその"噂"が噂では済まなくなってたらしくてね。どこのファミリーにも悪い噂ってのはあるもんだけど《アバティーノファミリー》はボンゴレのシマで色々やらかして足がついてたみたい」

麻薬の密輸、人身売買。人徳に反するこれらを九代目は固く禁じている。だというのにバルトロは恐れ多くも挑発的にボンゴレのシマでやってのけていたのだ。目と鼻の先でそのような無作法を働く者を九代目と本部の連中が黙って見ているはずがない。
そこでヴァリアーに身辺調査と"クロ"であった場合の殲滅任務が依頼され、結果的にクロだった《アバティーノファミリー》の殲滅が決まったのである。そしてスクアーロとの共同任務へと移り、成功した。

しかし、バルトロの首を刎ねたときの"違和感"が私を立ち止まらせた。じっとりと手元にまとわりついてしまっていたのだ。気付けば思わずはねた首をもう一度まじまじと観察していた。確認するように頭蓋骨を踏み抜いていた。もしや、この頭蓋の中には何も入っていないのではと錯覚した。それはごく僅かな"違和感"だった。

例えるなら、琴線に触れてしまうような感覚。それは幻術に触れてしまった時に似ている。




「確信はなかったから、この件についてはまだ本部には報告をあげてないんだよね。…深読みし過ぎかな」

言い終えるとマーモンは「ム」と言い淀んだ。何か考え込んでいるようで、そして意を決したかのようにフワフワと浮かび上がると近くの棚から一部の書類を取り出す。右上には『極秘』の印が押してあった。


「そうでもないよ。持ち帰ってもらった死体の一部を調べてみたけど、とても興味深かった。簡潔に言うと君の勘は正しかったんだけどね」
「…え?」
「あの男は、バルトロは君に殺される前に死んでた。君の"違和感"の正体はそれさ」
「!」


言われてすとんと腑に落ちてしまった。つっかえていた何か、そして認めてはいけないような事が目の前の元上司によって現実として受け止めさせられた。

「多分、術士のイーヴァでなければ気づかなかったよ。そして、大抵の術士は接近戦を好まないのを逆手に取られてる。巧妙だね。敵に駒を皆殺しにされてしまえば証拠も残らない」
「それって…」
「死体の中に明らかに"手を加えられた"痕跡が残っていた。幻術の一部だと思うけど、僕も初めて見たよ。死体の内臓はとうの昔に腐り果てていたからね…正しくは"死体を生きた人間に見せかけて"使役できるようにいじくり回されていた、かな」
「…これはまたすごい案件を掘り出しちゃった感じかな?」
「凄いどころか幻術のタブーだね。死体を使役してたんだ。そしてそれをファミリーのボスに置いていた…誰にも気付かれずに」

思わず喉が鳴った。

そうだ、対峙した時には何も気付かなかった。幻術の気配もなく、ただの生身の人間と変わり映えしなかった。
マーモンの言うことが正しいのであれば、それが死体なのかそう出ないかを見分ける方法は現段階では"殺すしかない"ということ。


そして想像は更に最悪な方向へと進む。もし自分が人体実験に成功してそんな人形が手に入ったら何をするか?
答えは簡単だ。もしこれがもっと有力なマフィアのボスだったら?規模が大きくなっていて既に何人も死体になっているとしたら?

ーーいつからこんなことに?誰が?何のために?



「いや、想像してたよりやばいね」
「そう?僕はいい金ズルになりそうだから嬉しけど」
「えええ、冗談キツイっす」



とりあえず、この件を纏めなくては。ていうかヴァリアーだけの話では収まらない話なんじゃないか?つまりボスにも報告して、そんでもって本部の連中にも話を付けなきゃいけないのか。
あああ、なんだか頭が痛くなってきたぞ。念押しはスクアーロに任せてしまおうかな。
昨日はまた報告書のことで落ち合う予定だったけどルッスーリアに念のために身体検査を受けた方がいいと言われ押しに負けて流れていたのだ。

そういえば検査の合間「下半身は大丈夫なの?そっちの方が重症じゃないの?」とかドクターに聞いてたルッスーリアに「別に打ち付けてないよ」と返したら「あんらまぁ!」って黄色い声出してたな。今思えばベルのやつ既に言いふらしてたんだな…。




「あ、そうだ。マーモンからもベルに変な噂立てるのやめてって言っておいてよ。私はともかくスクアーロが迷惑だよ」

そう言って、数え終えた札束を袋へ入れていく。マーモンの目はフードに隠れていてよく見えないが、なんとなく呆れられているような気がした。

「僕はてっきり、君が意図として見ないようにしているのかと思っていたけど」
「…?」
「スクアーロに同情するよ」




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