Sceggiöld | ナノ

甘い痺れが期待はずれで

時刻はすっかり正午をすぎているようだった。太陽は傾いてしまっている。私たちの仕事に昼も夜もないのですぐに日付感覚が狂ってしまうのがたまにキズだ。

ふぁ、と欠伸を噛み殺して背伸びをする。お腹が空いた。何か口に入れたい。そんな欲求を満たすために起き上がり軽く首を鳴らしてシーツから這い出ようとした時、何者かがガッと私の足首を掴んだ。

「え」
「ゔお゙ぉい、」
「えっ」
「…あ゙?」

事を理解するのに時間は掛からなかった。シーツの中から銀色の長髪が現れたからだ。

「な、なんで……!」
「…あ゙ぁ?何だってんだうるせぇぞぉ」
「いやいやいや!なんでここにいるの…!?」
「何でってそりゃ寝てたからだろぉ。決まりきったこと聞くんじゃねぇ」
「確かにそうだけども!」

本来なら居るはずのない人物の姿に心臓が飛び出したかと思った。ついでに目玉が転がっていったかと思った。パニックになっている頭が『事件だー!』と騒いでいる。

一方、まだ眠たそうに「あ゙ー」とぼやくスクアーロは長い髪が邪魔なのか一つに纏めている。黒の七分袖Tシャツに灰色のスラックス姿だ。それに寝起きが妙に色っぽく見えるのは気のせいだろうか。あれ、私が女だったよね…?

やっと落ち着いてきた頭を整理する。えっと、昨日はソファーで力尽きてしまっていて、かと思ったらスクアーロが来てくれて……それから殆ど記憶が無い。時計を確認すればどうやらほぼ一日眠りこけていたらしい。

私もスクアーロも殲滅任務のあとは数日休暇をいただいていたので、仕事に支障は出ていないようだった。それはホッとした。以前ぶっ倒れた時は任務に穴開けたらボスに一発殴られたからなあ。

ん?穴?

そこで私はハッとなって慌ててパジャマの中の下着を確認する。


「わたしの穴は無事だったんだろうか…!」
「露骨な心配しすぎだろぉ!」
「だ、だって…」
「さすがの俺も倒れてる女犯す趣味はねぇ」
「お、犯す…」
「ゔお゙ぉい、何でそこだけ受け止めてんだァ!!……いや、そうだなぁ……」

テンパる私を説得しようとしていたスクアーロは何故か途端に口元を吊り上げた。のそりと起き上がった彼は悪い顔をした。これは悪人のする顔だ。元々スクアーロは悪人顔なんだからそんな顔したらハマり役なんだからやめた方がいいと思う。同じく暗殺者の私が言えたことではないけれど。

いつの間にか目と鼻の先まで近づけられた顔。こんな至近距離でスクアーロを見たことがあっただろうか。

見れば見るほど綺麗な顔をしている。切れ長の目は長い睫毛が縁取っていて、その奥で銀色の瞳がギラついていた。吸い込まれそうだな、と思った。
彼の銀髪はいつもサラサラで戦場でとても目立つ。赤い血溜まりの中ですら神々しいと思ってしまうくらいには。


「何かしてたらどうすんだぁ?」
「……裁判だね。そしてすぐ斬首刑」
「そこまですんのかぁ?!」

ま、裁判だなんてそんなの無理ですけど。てか処女でもあるまいし騒ぎすぎなんだろうか。この国の人たちは結構貞操観念ユルユルだからなあ。
そんなことを考えているとスクアーロが大袈裟に溜息をついた。


「そもそもなぁ、誰かさんがベッドに運ぶのに巻き付いて離れねぇから仕方なく寝てたんだろうがぁ」
「えっ、それホント?」

素っ頓狂な声を出すとスクアーロはちらりとこちらを横目で見た。確かに、夢の中で誰かに抱き上げられるような感覚があったんだよね。あれはスクアーロだったのか。


「あんまり起きねぇからメシ食って着替えてきたがなぁ。流石に倒れた人間放置できねぇから戻ってきたんだぁ。んで気付いたら二度寝しちまってた」
「ふ、ふーん?」
「ま、イーヴァの乳枕が堪能出来たのは嬉しい誤算だったぜぇ」
「ちゃっかり堪能してんのかよ!」

先程まで悪い顔をしていたスクアーロがくつくつと笑いだす。
彼は時々こういう顔をする。戦場で見せるスクアーロの顔は挑発的で殺意で満ちていて、敵を圧倒させるには十分で。
けれど今彼が見せている笑みはその中のどれにも当てはまらない。きゅう、と心臓が締め付けられてしまう。私はなんだかんだ言って、この笑顔に弱かったりするのだ。


「つーか今まで何も無かったのに感謝しろぉ」

唐突にスクアーロはそう言った。「大体なぁ」と続ける彼に再びギッと睨まれる。蛇に睨まれたカエルってこんな感じなんだろうか。謎の汗がブワッと出た。あ、冷や汗だ。

「何度イーヴァをベッドに運んだと思ってんだぁ?ぶっちゃけ何されても文句言えねぇだろぉ」
「そ、そうだけど、」
「手ぇ出さずに送り届けてきたのを有難く思われんなら分かるが、文句言われる筋合いはねぇぞぉ」
「ぐ、ぐぬぬ…」
「なにか間違ってるかぁ?」
「…いいえ」

フフン、といつものように腕を組んで私に言うスクアーロ。
確かに彼の言う通りだ。あんな状況でどんな理由にしろ男女が同じ部屋にいたのだ。何が起こっても文句は言えない。すべて自己責任。自分のケツは自分で拭く。それが大人だ。

けれど、スクアーロは今まで何もしてこなかった。私が深く考えないようにしていたのもあったし、手を出してこないという謎の自信があったのだ。でもそれは彼の配慮があっての事であって。のわりに乳枕堪能してるけどな。

男って何考えてるかわかんない。いや、四六時中エロいことばっかり考えてるってルッスーリアが言ってた気がする。
え、となるとベルも?レヴィは考えたくもないけど…マーモンは赤ちゃんだし。となるとボスも…!?想像するのヘビーだわ。
ブンブンと頭を振って変な思考をリセットする。


「…その、ありがとう」
「あ゙?」
「いつも、ちゃんとお礼言えてなかったから。ありがとう」
「……」

兎にも角にも今までのお礼を言わなければならないと思った。スクアーロには迷惑をかけていたことには変わりないし、その点についてはちゃんとしておきたかった。


「今度からなるべく自分で気をつけるようにするから、それでも倒れちゃった時は…また、お願いしてもいい…?」

恐る恐る窺うようにそういうと、スクアーロは途端に真面目な顔になってしまった。え、なにそのリアクション。何かまずいこと言ってしまっただろうか。
しかも片手で顔を覆ってしまったではないか。

「あ゙ーーーー」

そして、ついには唸り出してしまった。


「え、なに、どうしたの?私おかしい事言った?」
「…いや、」
「?」
「今度は早めに言え。んで、なるべく俺に言え」
「……うん?」
「分かったかぁ!」
「は、はい!」

彼はそういうと私の頭をポンポンと叩いて「報告書仕上げんのにまた来るからなあ」とあの銀髪を翻して帰っていった。私は、しばらくその後ろ姿のあった場所を見つめていたのだった。

そのあと、ぐぅと鳴ったお腹をさすっていたらベッドサイドに『冷蔵庫』と書いてあるメモを発見した。そこにはスクアーロが作ってくれたのだろうか、トマトリゾットがあった。じーん。少し感動した。チンして食した。う、うまい。

「スクアーロはいいお嫁さんになれるよね、うんうん」

のちにスクアーロとの関係性に変化が現れはじめたのは、この頃からだったなと私は思うのだった。




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